燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 いつかは、自分も、とリキィンナは思っている。柘榴荘の副女将となって、タルペイアについて経営をまなび、そのうち上客をつかまえて、自分の店を持つ。それがリキィンナの目下もっかの夢だった。
 妊娠は予想外だったが、自分の体内に別の生命の息吹を感じたとき、リキィンナ自身意外なことに、その小さな命を消してしまいたくない、と熱烈に思ってしまったのだ。
(いいわ。いつか私が自分の店を持ったとき、この子に継がせられるようにするわ)
 女なら一流の娼婦で一流の女将に、男ならすぐれた娼館の経営者に育てようと今から考えているリキィンナである。別の世界にはばたつように育てようとは決して思わない。ある意味、彼女は骨の髄まで娼婦だった。
 我知らず、腹を撫でながらリキィンナは微笑ほほえんでいた。そんな自分を、なぜかカニディアがひどく忌々いまいましげに見ていることに、まったく気付かなかった。

 タルペイアに会った瞬間、背が凍りつきそうになった。かつての己の姿を知っている人間に会うのは恐怖と苦痛以外のなにものでもない。あの女とは神殿でも顔を合わせたことがある。往時の自分を知っている人間からは、今の自分はどう見えるのだろう。
(不様としか思えないだろうな……)
 身体の変性と劣化はいまや隠しようがない。肌は不摂生や薬の過剰摂取もたたって、ひどく荒れてしまい、身体つきはごつごつとしてきた。幸か不幸かサガナは食事はきちんと食べさせてくれるので、以前にくらべるとかなり太ってしまった。それでも前は痩せ過ぎだていたので、今がちょうど普通ぐらいなのだが、ナルキッソスであったカニディアには、今の己の肉体は醜悪としか思えない。
(エペオス、ナルキッソス、カニディア……けっきょく本当の俺はいったいなんなんだろうな?)
 内心、自嘲の溜息をつきながら、カニディアはむなしく自問する。
 死ぬかと思うほどの傷を負った自分を、どういうわけかサガナは助け、治療してくれた。あのとき、ナルキッソスはたしかにサガナによって殺され、今はカニディアとして、これもまたサガナによって生まれ変わらされたのだ。
 おそらく、サガナもそれが目的だったのだろう。ナルキッソスを抹殺し、つぎに己の手足となって動くしもべ兼、共犯者をつくりあげたのだろう。
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