燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

文字の大きさ
358 / 360

しおりを挟む


 エウトュキスは溜息をついた。
 雨の日は気だるい。世間の噂では、近々、あらたな若き皇帝が世に出るらしいが、そうなったからといって、何がどう変わるのだろう。
 雨の日に物悲しい気分になるのは、先日、まだ若い娼婦が自害したからだ。
(馬鹿な娘……せっかく恋人が迎えに来てくれたというのに)
 金色の髪の美しい娘だったが、首をくくって汚物を垂れながしにして息絶えていた姿は見れたものではなかった。
(いったい、何が不満だっていうのよ。恋人が、必死になってさがして、わざわざ来てくれたっていうのにさ)
 親しかったわけではないが、彼女の遺体を見たエウトキュスは泣いてしまった。
 ここへ売られて来たときの彼女は、やつれ果ててひどい有様だった。場末の淫売宿へ来るのは、哀れな女と決まっているが、彼女は本当にひどく哀れだった。もともとがかなり美しい女であることがしのばれるだけに不憫だった。  
 いったい、どうしてこんな下級の売春宿に売られることになったのか、それとなく訊いてはみたが、彼女は決して答えなかった。
 やがて彼女をたずねてたくましい男が店に来た。男は剣闘士だったというだけあって、見るからに男らしく凛々しかった。
 今の身の上に落ちたことを恥じていたのだろう、彼女は会うのを嫌がって泣いた。会わせる顔がない、と嘆いていたのをエウトュキスも幾度か聞いた。それでも朋輩ほうばいが、せっかっく来てくれたのだし、客なのだから、と説得して合わせ、帳を張った向こうから二人の話し声が聞こえること数刻。男が帰るとき「明日、迎えに来る」と言っていたのを、エウトュキスはうらやましく聞いたものだ。
 何かの事情があって娼婦となり、こんな底辺の店まで売られてきた彼女のことを、男はあきらめずに捜しもとめ、追いかけ、迎えに来てくれたのだ。なんという誠実な男だろう。そこまで想われのだから、喜んで相手の胸に飛び込めば良かったものを。
(馬鹿な娘)
 男が迎えに来てくれた日の朝、彼女は物置小屋でひとりしずかに逝ったのだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

少年探偵は恥部を徹底的に調べあげられる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...