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儀式 三
しおりを挟む大理石の床をすすみ通されのは、豪奢な室礼がほどこされた広間だった。真紅の絨毯がはりめぐらされ、あちこちに座椅子が置かれてある。
「今宵はようこそ、ラオシン殿下。わたくし、殿下のお世話をさせていただくマーメイと申します」
白絹の膝を床につけて頭をたれて挨拶した女が顔をあげた。夜の帳のような豊かな黒髪を背にながし、燃える黒曜石の瞳が印象的な美女である。齢のころは二十代後半か。当時の感覚ではすでに年増といわれるが、成熟した大人の女の魅力にあふれている。宮殿の侍女や後宮の女官たちとはどこか違う雰囲気にラオシンは気をそがれた。目のまえにとつぜん咲いた大輪の黒薔薇に圧倒される気分だ。
「よろしく頼む」
ここで従者たちは帰され、三日後に迎えに来ることになっている。気に入りの小姓アラムもここで別れることになっており、アラムは潤んだ瞳で主を見ている。
「どうしたアラム? そんな顔をして」
「あ、いえ、申し訳ございません。三日間おそば離れるのが寂しくて」
「可愛いことを言う。三日などすぐだ」
「はい……」
やや悄然とした面持でアラムは去っていく。その小柄な背を見ながらマーメイが美しい唇で笑いをこぼす。
「ほほほ。可愛いお稚児さんですこと。御主人様と離れるのがつらいのでしょうね」
稚児ではない、小姓だ、と言いかけてラオシンは口を止めた。
十九のこの歳まで女体に触れることをゆるされなかったラオシンは、自分の内に芽生える次の季節への情動に耐えきれず、時折アラムに奉仕をさせることもあった。
それはもっぱら手を使ったもので、そういうことは貴族や王族、裕福な庶民の男性には珍しくはない。なかには身体そのものでの奉仕を要求し、使用人に色小姓、稚児の勤めをさせる者もいるが、ラオシンはそこのところは節度ぶかく、それ以上のことをアラムに求めることはなかった。だが、そうやって自分の身体の中心をさわらせた召使にはとうぜん親密な情もわく。名残惜しい気持ちでラオシンは扉の向こうへ消えてゆくアラムを見送った。
「さ、ではラオシン殿下こちらへ」
石の廊下に出ると、わらわらと女たちがどこからか出てきた。紅、白、黒、青、緑、黄、とみな透けて見える羅いちまいで、上半身はほとんど丸見えだ。腰にもおなじ羅をかさねているので、上よりかはやや見えづらいぐらいだが、かなり刺激的な眺めだった。ラオシンは必死に自重した。
(これぐらいで焦ってどうする?)
高鳴る胸をおさえて廊下を歩き、大きな風呂場にたどりついた。
大理石の大風呂の中央には女神バリアスの像がかかえもつ瓶からあふれるように湯水が流れており、後宮とおなじぐらい贅沢な造りだとラオシンを感心させた。
「さ、お身体を洗いましょう」
マーメイに手をひかれて進む。額の飾り布をとられると、巻き毛がこぼれて首に散る。黒絹の上衣の紐をほどかれ、二裾の下衣の紐もほどかれていく。どうにもばつの悪い状態だ。いつもラオシンの世話はアラムか、年老いた老侍女か宦官がすることになっているので、こうして若い女の手で世話されるのには慣れていないのだ。
ラオシンの王子宮にあまり妙齢の侍女がいないのは、女をそばにおいて間違いがあってはならないという配慮からだろうが、そこには当然、後宮はおろか宮殿すべてを取り仕切る王太后の意志がひそんでいる。王太后が恐れているのは、ラオシンが息子である国王よりもはやく男となり、子どもを作ることだ。実際、この時代、男性でも十五、六で結婚し、十七、八で子どもを持つ者は珍しくない。
(だが、今の私が子どもを持つことはまだまだ許されないだろうな。……陛下が結婚されて次の王子を作るまでは、王太后はけっして私の妻帯をゆるさないだろう)
三年まえに病で亡くなったラオシンの生母は、なにがあっても決して王太后に逆らってはいけない、それが生きる道だと言い残して逝った。彼女はつねに宮殿のかたすみにひっそりと生きて最後まで静かなまま死んでいった。
王太后を恐れつつ生きていた母のことを思うと、ラオシンはやや憂鬱になってくる。
そして、抑えても抑えきれない苛立ちがわきあがってくる。
自分はどこまで待たされたり我慢を強いられたたりするのだろう。普段は押し殺している王太后、そして王太后の言いなりになっているアイジャル王太子に不満がわきあがってくることがあり、ここ最近、それが多くなってきていることをラオシンも自覚していた。
「さ、こちらも」
そんなことをラオシンが思っているあいだにも、女の細い指は器用にうごいてラオシンの肉体をあらわにしていく。
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