サファヴィア秘話 ー闇に咲く花ー

文月 沙織

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砂鐘調教 一

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 ラオシンは、これがうつつのことだとはとても信じられなかった。自分は悪い夢でも見ているのではないだろうかと疑う。目が覚めればいつもの宮殿で侍女や宦官が呼びに来るのではないかとも期待した。
 だが、そんな儚い期待はもろくもくずれ、後ろにまわったリリと呼ばれた亜麻色の髪の女が、ラオシンの身体に触れてくる。
「よ、よせ!」
 若い娘に自分の下肢をいじられる屈辱にラオシンは悲鳴をあげそうになった。
「殿下、今宵はまず、殿下の後ろの園を開発します」
 マーメイは、まるで召使に料理の味付けを説明するような、ひどく実務的な口調で説明した。
「こちらは素質がないと辛いものですが、素質があれば、天にも昇る快楽を得られることができますわ。はたして殿下はどちらでございましょう。リリ、指を入れてごらん」
 ラオシンは耳を疑った。
「はい」
「や、やめろ! やめろ!」
 くすくすと、女たちの笑い声がラオシンの耳をつんざく。
「ああ、駄目ですよ、殿下、そんなお身体を固くされては……。しょうがないわね、おまえたち、リリ以外はしばらく外へ出ておいで」
「ええー」
「そんな」
 他の娘たちが不満の声をあげるのを、教え子をたしなめる女教師のような顔でマーメイは叱りつけた。
「おまえたちがいると殿下は緊張してしまうのよ。なんといってもまだ無垢なお身体。ここは優しくじっくりと時間をかけなければ。さ、出ておいき」
 しぶしぶ娘たちは出ていく。傍観者が減ったことはラオシンの心をいささか楽にしたが、後ろのリリの指は先ほどよりさらにラオシンのなかに食い込んでくる。
「うう……よせ、」
「ほら、殿下、うるさい小娘たちはいなくなりましたよ。リリは娘たちのなかでは一番口が堅いので安心してお声をあげてください」
 ラオシンは天井をあおぐようにして首を振った。もはや意地も見栄もふきとんだ。
「た、たのむから止めてくれ。金ならなんとかする。私の持っている宝石をすべてやる」
 ほほほほほ――。魔女の笑いが石室にひびきわたった。
「まだそんなことを。聞き分けのない。この仕事をきちんとこなせないと、わたくしどもの方が命が危なくなりますのよ。殿下だって、解っていらっしゃるでしょう?」
 痛いほど解る。王太后の命に逆らってこの国で生きていくことはできない。だがラオシンは額に汗を感じながら、なおも言いつのった。
「に、逃がしてくれ。私は死んだことにして……。二度と宮殿には戻らないし、王子の地位もいらない。私が消えれば王太后も安心される」
 そう言っているあいだも背後のリリの指が内部でうごめき、ラオシンの額の汗は多くなる。
「無理でございますよ。依頼主はラオシン様を手放す気はないのです」
「そ、そんな」
 マーメイの目つきが変わった。黒曜石の瞳がきらめく。
「さ、リリ、もう少し指を深く入れておやり」
「はい」
「あー、やめろ!」
 ラオシンは突きつけられた感触に悲鳴をあげていた。
「いいわ。しばらくはそのままにして。ラオシン様を絶対傷つけないようにとのご命令よ。傷つけることなく、性奴隷に堕とすにはどうするか……こちらもいろいろ考えているんですよ、ラオシン様のために」
「うーっ」
 ラオシンは歯ぎしりした。王子である自分にこれほどの侮辱をあたえておきながら、そんなことを空々しく言うマーメイが憎らしくてたまらない。
「お辛いですか? そんなに汗だくになられて?」
 マーメイのからかうような問いにラオシンは言葉を返すことはなかった。背後の指責めよりも、この状況からくる精神的苦痛のほうがはるかにラオシンを苦しめるのだ。だが、マーメイはラオシンの心などおもんぱかる気もなく、白絹を張った小卓を、ちょうどラオシンの目前に持ってくると、そのうえに見慣れぬものを置いた。
「……?」
「珍しいものでございましょう?」
 それは透明の、梨の実のかたちに似た玻璃はり(ガラス)のびんを上下にくっつけたような形をしており、見た目は瓜のようにも見える。上下の端には平べったい台に置きやすいように木のふたのようものがくっついている。
砂鐘すながねといいますのよ。殿下、これをご覧ください」
 ラオシンが目を凝らすと、さらさらと、真ん中のくびれた所からなかにある砂のようなものが下の玻璃瓶はりがめに落ちていく。
「なかにあるのは真珠貝の殻をくだいたののでございますわ。殿下、少しは気がまぎれます? これをご覧になっていればすぐ終わりますわ」
 マーメイはたのしげに説明してから、残酷な言葉をラオシンに投げつけてきた。
「これが終われば指を二本に増やします。そして、砂鐘をぎゃくにし、またなかの貝砂かいすなが落ちきったら、指を三本。そしてまた落ちきったら、そのときはこの道具を使います」
「……」
 ラオシンは蝋燭の明かりに照らされた顔をどす黒くしていた。怒りと羞恥に血管が切れそうだった。
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