サファヴィア秘話 ー闇に咲く花ー

文月 沙織

文字の大きさ
21 / 65

魔神の使者 三

しおりを挟む
「さてと、では本番にいくか。ふふふふ」
 ぎらぎらと光る刃を、ジャハンは片手ですくいあげたラオシンの男の象徴に触れさせる。全裸にして辱しめただけで終わってくれるかと期待していたらしいマーメイは、蒼白になって短刀の先を見つめ、リリも、背後の雑兵たちも緊張した面持おももちでジャハンの背を見た。
「あ……ああ」
 ラオシンは今からされることを予想して恐怖に青ざめるが、哀願の言葉を発することはない。
「では、殿下、お覚悟を」
 マーメイがおそるおそるジャハンの生成きなり色の袖を引いた。
「ま、待って、待ってください、ジャハン様。どうしてもとおっしゃるなら医師を呼びましょう」
 医師がすぐ手当すれば命は助かるかもしれない。勿論、その後のラオシンの人生は相当苦しいものとなるが。
「いらん! いくぞ!」
「きゃーっ」

 悲鳴をあげていたのはリリだった。彼女は両手で顔をおおって後ろを向いた。ドドや他の男たちは息をのんでジャハンの背なかを見ている。
 しばし、室全体に沈黙が満ちた。
 ディリオスはさすがに背に汗を感じたが、予期した血の匂いがしないことに気づき、ジャハンに近づいて、肩の力をぬいた。
「あ……ああ!」
 ラオシンがしゃがれた声をあげた。
 ぎりぎり、寸前でジャハンは手を止めていたのだ。
 ジャハンの左手ににぎられたラオシンのそれは、傷ひとつなく、ただジャハンの手のなかで震えていた。
(まったく、驚かせる)
 ディリオスはじめその場にいた全員が一気に力をぬいた瞬間、ジャハンはまたものけぞった――実際にはせむしなので完全にのけぞることはできないのだが――ような動作をした。
「ふふふふ、ひぃひぃひぃ!」

 一瞬、ジャハンの方が狂ったのではないかと皆が思うような、異常な笑い声をたてながら、ジャハンは踊るように室内をまわる。右手には短刀をもったままなので危なく、まわりの者はいそいであとずさった。
 やがて、ジャハンの狂気めいた哄笑こうしょうの理由がディリオスにも知れた。
「あ……ああ……」
 あわく琥珀のように輝く、はりつめたラオシンの内股から、ぽとり、ぽとり、としたたるものが見える。
「あらら」
 マーメイが苦笑した。
 ラオシンは辛そうに眉をよせ、その目をぎゅっと閉じて恥辱にふるえている。
 だが、やがて閉じられた瞼から、光るものがこぼれた。
「ひーっ、ひっ、ひっ、ひっ」
   ジャハンの黄ばんだ歯がゆれそうだ。
「で、殿下が、ラオシン=シャーディー殿下が、お、おもらしをなされて! ひーっ、ひっ、ひっ」
 その言葉に、とうとうラオシンは堪えきれなくなったように、それこそ心のせきがはずれたように頭をたれて啜り泣いた。
「おお、泣いた、泣いた」
 ジャハンは手をたたいて跳ねあがる。
 泣くことを禁じられた帝国の男、それもその見本であるべき王子が、哀れにもこれ以上ないほどの不様な姿をさらし、下賤の者たちのまえで啜り泣いているのだ。
「お、おもしろい見物みものじゃぞ。こんなものを見れるなどおまえたち、運が良い。ほれ、よく見ろ。な、面白いだろう!」
 その言葉にラオシンは身も世もなさそうに身体をすくめた。玉綱の戒めがなければ、床にくずおれていたかもしれない。先ほどの、男性器喪失の恐怖のせいか、耐えきれない屈辱のせいか、脚はぶるぶると震えつづけている。だがその脚にも蜜のような液体がからまっているのだ。哀れの一言であるが、そんなラオシンを指差し、いっそうハジャンは笑いこけた。
「で、殿下がおもらしをして、べそをかいていらっしゃる。よーく見るがいい。おまえら、皆、よく見ろ!  見て笑え! うわはははは!」
 内心、ジャハンの常軌をこしたような幼稚な態度にディリオスは辟易してきたが、マーメイの目配せを受けて、しかたなく笑う。
(これも仕事のうちよ)
 マーメイの目がそう言っている。他の男たちもやや気のぬけた笑い声をたてた。
「ほほほほほ」
「ははははは」
「ふふふ」
「いっひっひっひ」
 だが、その曖昧な笑い声は、だんだん大きくなり、室じゅうに嘲笑の渦がみちていった。

 しばし室を満たした狂ったような笑い声が、やがて波がひくように静まると、ようやくジャハンも落ち着いたようだ。
「おまえたち、ぼーっとしていないで拭くものを持ってまいれ」
 あわててリリが室を出、すぐに清水をはった銀のたらいをかかえてもどってきた。ご丁寧なことに水盤には純白の茉莉花ジャスミンの花びらが浮いており、ディリオスを感心させる。
 盥の縁にかけていた白布を清水にひたしてしぼるリリに、下品な笑みを浮かべてジハャンが命じた。
「よこせ。儂が殿下の粗相の始末をしてやろう」
 その言葉に、打ちひしがれていたラオシンが鞭打たれたように身体を跳ねさせ、涙に濡れた目にはげしく殺意をきらめかせる。ディリオスは背がぞくぞくしてきた。
「く、来るな! 私に近づくな!」
 涙まじりの声は命令形ではあるが、だんだん語尾が弱くなり、とうとうラオシンの中心のまえに顔を寄せてきたジャハンに、濡らした布をあてがわれてしまう。
「殿下、じっとなされ。綺麗にしてやろうとしているのだぞ」
「あ、ああ! は、はなせ!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

オメガな王子は孕みたい。

紫藤なゆ
BL
産む性オメガであるクリス王子は王家の一員として期待されず、離宮で明るく愉快に暮らしている。 ほとんど同居の獣人ヴィーは護衛と言いつついい仲で、今日も寝起きから一緒である。 王子らしからぬ彼の仕事は町の案内。今回も満足して帰ってもらえるよう全力を尽くすクリス王子だが、急なヒートを妻帯者のアルファに気づかれてしまった。まあそれはそれでしょうがないので抑制剤を飲み、ヴィーには気づかれないよう仕事を続けるクリス王子である。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

鳥籠の夢

hina
BL
広大な帝国の属国になった小国の第七王子は帝国の若き皇帝に輿入れすることになる。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

処理中です...