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魔計 二
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「ご苦労じゃったな」
昼をとうに過ぎても、なお太陽が燦然ときらめく庭園で、兵に連れられてもどってきたアラムを見てジャハンとマーメイは満足の笑みをこぼした。
「これで、よろしいのですね?」
「ええ。よくやってくれたわ。これで殿下は希望が持てて、禁をやぶって自害することもなければ、絶望のあまり発狂するまでにはいたらないでしょう。どん底にいる人間にとって最後の希望というのは大切なものなのよ。おまえは、それを殿下に与えたのだから、いいことをしたのよ」
マーメイの言葉にアラムは切なげに黒い眉を寄せる。少年らしい青の額飾りに合わせた同色の衣は、彼の憂いの表情をいっそう美しく見せ、美少女が男装しているような奇妙な痛ましさを感じさせ、マーメイは内心その哀しげな美に感嘆した。
そして、その表情から、おそらくは、この少年はラオシンに臣下として以上の想いを秘めていることも一目で見抜いた。
愛するラオシンを罠に嵌めるのに協力し、今もなお彼を騙すような芝居をすることは、アラムにとっては相当つらい仕事だということも察せられるが、仕方がない。
「あの、母のことは?」
「安心しろ。おまえの家族にはいっさい手を出さん」
ジャハンの言葉に一瞬安心した顔を見せたアラムだが、さらに念をおすように問う。
「ラオシン様にも酷いことはしないでしょうね?」
「最初に言ったであろう? 殿下のお身体には傷は……、すくなくとも後に残るような傷はつけんと」
「……」
「仕方があるまい。あのお方に逆ろうては、儂もおまえもこの国で生きてはいけんのだぞ。儂とちがっておまえには母と妹がいるのであろう? 家族を犠牲にするわけにはいくまい?」
そう言いながらもジャハンの双眼は弱い者をいたぶる悦びにねっとりと燃えている。つくづくこの男は病んでいるとマーメイは感じた。
(まぁ、私もそうだけれどね……)
しかも相手は宮殿では名だたる美貌の少年で、ラオシンに対して屈折した愛情を抱いている。マーメイの魔女の目はジャハンとおなじように熱くなる。
「さぁ、坊や、気をつけてお帰りなさい」
外門までつづく敷石のうえをともに歩きながら、マーメイは相手の耳にささやいた。
「可愛いわね、あなた幾つなの?」
「じゅ、十四です」
そう答える声もどことなく震えており、マーメイの胸にふと悪戯心がわいてくる。
「ねぇ、アラム、殿下が〝調教〟されているところを見せてあげましょうか?」
びくっ、とアラムの小柄な身体がふるえる。
サファヴィアの男子にしては色の白い、白銀色の肌が赤く燃えている。
(ははぁん……。この子、見かけに反してかなり〝雄〟ね)
マーメイには手に取るようにしてアラムの心情が理解できた。
いくら家族の命を盾に陰謀への加担を強要されたとはいっても、彼の反逆行為の根にあるのはラオシンへの報われぬ情なのだろう。マーメイの見るところ、本来ラオシンには同性愛的嗜好はまったくなかったはずだ。そんな主を想うのはさぞ辛かったはず。報われぬ想いに、いつしか恨みがまじってきたのは想像できる。
しかも、抱かれたい、というのならまだ希望はあったろうが、アラムの秘めている欲望は、彼のほっそりとした外見とはぎゃくに、猛々しい男性的なもののようだ。
「うふふふ。調教はね、地下でおこなわれるのだけれど、その室には光と空気を入れるための窓があるの。あそこよ」
壁の地面のあたりに木彫り模様をほどこした格子窓がある。地面に這いつくばるようにすれば、多少見づらいが、地下室の様子がのぞける。
ごくり、と少年が唾をのむ音をマーメイは聞いた。
「見たくなったら、見ればいいわ。見張りの兵には私から話しておくから」
「そ、そんな、そんなこと、できません!」
「あら、でも、あなた、殿下の忠実な僕でしょう? 殿下のお身体が傷つけられないか、殿下が追い詰められて逆上のあまり舌でも噛まないか、見張っておくのも臣下の勤めではない?」
人の心をあやつる楽しみにマーメイはふるえた。説得、という名の指嗾である。
「ねぇ、このあと殿下はまた女舞踏の稽古をさせられるのよ」
アラムがまたびくっ、と身体をふるわせる。
「誇りたかい殿下にとって、きっとお辛いでしょうねぇ」
「……」
「女ものの衣をまとわされて、屈辱に頬を染められて、お可哀想に泣きじゃくられながら、恥ずかしい姿勢を取らされるのよ」
少年の頬が庭の紅いハイビスカスのように真っ赤になる。飾り布のしたの額から汗がしたたり、炎天にこぼす吐息も、少年の狂おしいほどの春情を秘めて熱い。
「ふふふふ。殿下が心配でしょう? 心配なら、見守ってあげるといいわ」
〝心配〟、〝見守る〟、という言葉を強調すると、アラムの表情がどんどん複雑なものになっていく。
マーメイはほくそ笑んだ。
「では、私は戻るから、このまま帰るなり、そこの窓から覗くなり、好きになさい」
おそらく少年は覗くだろう。マーメイは確信している。道徳や忠節も、本能的な少年の性衝動と好奇心にまさることはないのだ。
憧れつづけた主のあられもない姿を見、今宵、彼もまた眠れぬ夜を過ごすことになるだろう。
昼をとうに過ぎても、なお太陽が燦然ときらめく庭園で、兵に連れられてもどってきたアラムを見てジャハンとマーメイは満足の笑みをこぼした。
「これで、よろしいのですね?」
「ええ。よくやってくれたわ。これで殿下は希望が持てて、禁をやぶって自害することもなければ、絶望のあまり発狂するまでにはいたらないでしょう。どん底にいる人間にとって最後の希望というのは大切なものなのよ。おまえは、それを殿下に与えたのだから、いいことをしたのよ」
マーメイの言葉にアラムは切なげに黒い眉を寄せる。少年らしい青の額飾りに合わせた同色の衣は、彼の憂いの表情をいっそう美しく見せ、美少女が男装しているような奇妙な痛ましさを感じさせ、マーメイは内心その哀しげな美に感嘆した。
そして、その表情から、おそらくは、この少年はラオシンに臣下として以上の想いを秘めていることも一目で見抜いた。
愛するラオシンを罠に嵌めるのに協力し、今もなお彼を騙すような芝居をすることは、アラムにとっては相当つらい仕事だということも察せられるが、仕方がない。
「あの、母のことは?」
「安心しろ。おまえの家族にはいっさい手を出さん」
ジャハンの言葉に一瞬安心した顔を見せたアラムだが、さらに念をおすように問う。
「ラオシン様にも酷いことはしないでしょうね?」
「最初に言ったであろう? 殿下のお身体には傷は……、すくなくとも後に残るような傷はつけんと」
「……」
「仕方があるまい。あのお方に逆ろうては、儂もおまえもこの国で生きてはいけんのだぞ。儂とちがっておまえには母と妹がいるのであろう? 家族を犠牲にするわけにはいくまい?」
そう言いながらもジャハンの双眼は弱い者をいたぶる悦びにねっとりと燃えている。つくづくこの男は病んでいるとマーメイは感じた。
(まぁ、私もそうだけれどね……)
しかも相手は宮殿では名だたる美貌の少年で、ラオシンに対して屈折した愛情を抱いている。マーメイの魔女の目はジャハンとおなじように熱くなる。
「さぁ、坊や、気をつけてお帰りなさい」
外門までつづく敷石のうえをともに歩きながら、マーメイは相手の耳にささやいた。
「可愛いわね、あなた幾つなの?」
「じゅ、十四です」
そう答える声もどことなく震えており、マーメイの胸にふと悪戯心がわいてくる。
「ねぇ、アラム、殿下が〝調教〟されているところを見せてあげましょうか?」
びくっ、とアラムの小柄な身体がふるえる。
サファヴィアの男子にしては色の白い、白銀色の肌が赤く燃えている。
(ははぁん……。この子、見かけに反してかなり〝雄〟ね)
マーメイには手に取るようにしてアラムの心情が理解できた。
いくら家族の命を盾に陰謀への加担を強要されたとはいっても、彼の反逆行為の根にあるのはラオシンへの報われぬ情なのだろう。マーメイの見るところ、本来ラオシンには同性愛的嗜好はまったくなかったはずだ。そんな主を想うのはさぞ辛かったはず。報われぬ想いに、いつしか恨みがまじってきたのは想像できる。
しかも、抱かれたい、というのならまだ希望はあったろうが、アラムの秘めている欲望は、彼のほっそりとした外見とはぎゃくに、猛々しい男性的なもののようだ。
「うふふふ。調教はね、地下でおこなわれるのだけれど、その室には光と空気を入れるための窓があるの。あそこよ」
壁の地面のあたりに木彫り模様をほどこした格子窓がある。地面に這いつくばるようにすれば、多少見づらいが、地下室の様子がのぞける。
ごくり、と少年が唾をのむ音をマーメイは聞いた。
「見たくなったら、見ればいいわ。見張りの兵には私から話しておくから」
「そ、そんな、そんなこと、できません!」
「あら、でも、あなた、殿下の忠実な僕でしょう? 殿下のお身体が傷つけられないか、殿下が追い詰められて逆上のあまり舌でも噛まないか、見張っておくのも臣下の勤めではない?」
人の心をあやつる楽しみにマーメイはふるえた。説得、という名の指嗾である。
「ねぇ、このあと殿下はまた女舞踏の稽古をさせられるのよ」
アラムがまたびくっ、と身体をふるわせる。
「誇りたかい殿下にとって、きっとお辛いでしょうねぇ」
「……」
「女ものの衣をまとわされて、屈辱に頬を染められて、お可哀想に泣きじゃくられながら、恥ずかしい姿勢を取らされるのよ」
少年の頬が庭の紅いハイビスカスのように真っ赤になる。飾り布のしたの額から汗がしたたり、炎天にこぼす吐息も、少年の狂おしいほどの春情を秘めて熱い。
「ふふふふ。殿下が心配でしょう? 心配なら、見守ってあげるといいわ」
〝心配〟、〝見守る〟、という言葉を強調すると、アラムの表情がどんどん複雑なものになっていく。
マーメイはほくそ笑んだ。
「では、私は戻るから、このまま帰るなり、そこの窓から覗くなり、好きになさい」
おそらく少年は覗くだろう。マーメイは確信している。道徳や忠節も、本能的な少年の性衝動と好奇心にまさることはないのだ。
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