35 / 65
魔計 一
しおりを挟む
オシン……、ラオシン様……
おぼろな意識のなかで、ラオシンは名前を呼ばれた気がした。しばし眠りと戦い、目をあける。あのまま失神していたようだ。
腕はひろげた形で以前のように玉綱でしばられ、その先は天井につなげられているが、足は自由だ。リリが身体を清めてくれたようで、身体はなんとなくさっぱりしている。首をふって意識を完全に覚醒させた瞬間、ラオシンは息を飲んだ。
「良かった、ラオシン様、目を覚まされたのですね」
なんとすぐそばで床に膝をついてラオシンを気遣わしげに見ているのは、彼の小姓アラムだった。
「ア、アラム、どうしてここに?」
咄嗟に先ほどまでの激しい痴態を思いだし、ラオシンは消え入りたい気持ちになったが、気づくと下肢にはあらたに清潔な白絹の布がまきつけてあり、また室には他に誰もいないことを確認して、かすかに安堵する。この忠実な小姓に自分のされたことを知られては生きてはいられない。
「お捜ししました、ラオシン様。いきなりラオシン様は墓参に出かけられ、しばらくは帰らないことになると遣いの者から聞かされ、どうしたことなのかとずっと案じておりました」
アラムの黒玻璃の目は涙で光っていた。
「ジャハンが最近よく宮外へ出ると聞いて、もしや何か知っているのではないかと跡をつけてきたのです。やはり、これはすべてジャハンが企んだことなのですね」
「あ…ああ」
絨毯のうえで腰をひねってから、ラオシンは絶句した。
(……なかに、なにかある?)
身体のなかに異物を感じた。
覚えのあるその感触は、蛇紋石の玉だ。先日、さんざん呑み込まされたものを、また体内にひとつ入れられているのだ。
「見張りの兵に賄賂をわたして、こっそり中へ入れてもらったのです。もうすぐ人が来るから、少しのあいだだけだと。ラオシン様、大丈夫ですか? お顔の色が悪うございます。まさかジャハンに拷問を?」
心配そうに訊くアラムに、ラオシンは顔を否定の意味に横にふった。
「だ、大丈夫だ。拷問は……、受けていない」
アラムが思っているような、肉体を痛めつける拷問はたしかに受けていない、と言っていいだろう。だが、外からは見えない部分と心に受けた仕打ちを思うと、ラオシンは悔しさで胸が破裂しそうになる。
「ラオシン様、これはやはり王太后が?」
「多分な」
そう言うあいだも体内の異物はラオシンの頬を上気させる。
「み、水を」
「はい」
壁際の卓上にある獅子の浮き彫りがほどこされた水晶の水差しを取って、アラムはラオシンにささげた。
夢中になって水差しから直接水を飲み、喉のかわきをいやす主を、アラムは彼の黒玻璃のような瞳をうるませて、痛ましげに見つめている。
「ラオシン様……痩せられましたね」
「……アラム、私がこの館にとらわれて今日で何日めだ?」
「たしか、九日めになります」
ラオシンは、どうにかして腕を自由にできないものかと努力してみるが、どうにもならない。
「……くっ。この玉綱を切るのは無理か?」
「賄賂をわたした兵に、剣を取られてしまいまして……。ですが、ラオシン様、今、ある人に頼んで、どうにかしてラオシン様をお助けする方法をさぐっております」
その言葉はラオシンにとって希望となった。
「ある人とは、誰だ?」
「万が一発覚したときのために、敢えて名は出せませんが、その人が今必死に人手をあつめております。満月の夜には決起できるはずです」
「た、たのむアラム、急いでくれ」
内部の玉を熱く感じはじめてラオシンは焦った。こうしている今も息があがりそうで、前が反応してしまいそうなのだ。片膝を立てどうにかアラムに気づかれないように気を配る。
「ラオシン様」
アラムが細い手でラオシンの手をつかむや、うやうやしく接吻する。忠誠をこめて。だが、そこから伝わる少年の熱情が、今のラオシンに奇妙な刺激をもたらし、いたたまれなくなってくる。
「かならず満月の夜にはお助けに参ります。どうか、それまでは御辛抱ください」
「わかった」
「……ああ、もう行かなければ」
アラムの黒い瞳は熱をひそめて潤んでいる。
「ラオシン様、どうか助けにくるまであきらめないでください」
「ああ、あきらめない……。信じて待っている」
「ラオシン様」
アラムがラオシンの胸に抱きついた。今のラオシンにはこれは負担だった。
(あ……駄目だ、動くと……)
それでもどうにかアラムがはなれ、賄賂をわたしたという兵がしずかに扉をあけて彼を呼んだ。
「おい、もう時間だ。マーメイ様たちが戻ってくるかもしれんぞ」
「はい。では、殿下」
「たのんだぞ、アラム」
アラムは目尻に涙をこぼしながら去っていき、室にはしばしラオシンだけが取り残された。
(満月の夜までだ……それまでなんとかして持ちこたえねば)
身体を灼く玉の感触に頬を染め、あらたな汗を五体に浮かべながら、ラオシンは必死に自分に誓った。
おぼろな意識のなかで、ラオシンは名前を呼ばれた気がした。しばし眠りと戦い、目をあける。あのまま失神していたようだ。
腕はひろげた形で以前のように玉綱でしばられ、その先は天井につなげられているが、足は自由だ。リリが身体を清めてくれたようで、身体はなんとなくさっぱりしている。首をふって意識を完全に覚醒させた瞬間、ラオシンは息を飲んだ。
「良かった、ラオシン様、目を覚まされたのですね」
なんとすぐそばで床に膝をついてラオシンを気遣わしげに見ているのは、彼の小姓アラムだった。
「ア、アラム、どうしてここに?」
咄嗟に先ほどまでの激しい痴態を思いだし、ラオシンは消え入りたい気持ちになったが、気づくと下肢にはあらたに清潔な白絹の布がまきつけてあり、また室には他に誰もいないことを確認して、かすかに安堵する。この忠実な小姓に自分のされたことを知られては生きてはいられない。
「お捜ししました、ラオシン様。いきなりラオシン様は墓参に出かけられ、しばらくは帰らないことになると遣いの者から聞かされ、どうしたことなのかとずっと案じておりました」
アラムの黒玻璃の目は涙で光っていた。
「ジャハンが最近よく宮外へ出ると聞いて、もしや何か知っているのではないかと跡をつけてきたのです。やはり、これはすべてジャハンが企んだことなのですね」
「あ…ああ」
絨毯のうえで腰をひねってから、ラオシンは絶句した。
(……なかに、なにかある?)
身体のなかに異物を感じた。
覚えのあるその感触は、蛇紋石の玉だ。先日、さんざん呑み込まされたものを、また体内にひとつ入れられているのだ。
「見張りの兵に賄賂をわたして、こっそり中へ入れてもらったのです。もうすぐ人が来るから、少しのあいだだけだと。ラオシン様、大丈夫ですか? お顔の色が悪うございます。まさかジャハンに拷問を?」
心配そうに訊くアラムに、ラオシンは顔を否定の意味に横にふった。
「だ、大丈夫だ。拷問は……、受けていない」
アラムが思っているような、肉体を痛めつける拷問はたしかに受けていない、と言っていいだろう。だが、外からは見えない部分と心に受けた仕打ちを思うと、ラオシンは悔しさで胸が破裂しそうになる。
「ラオシン様、これはやはり王太后が?」
「多分な」
そう言うあいだも体内の異物はラオシンの頬を上気させる。
「み、水を」
「はい」
壁際の卓上にある獅子の浮き彫りがほどこされた水晶の水差しを取って、アラムはラオシンにささげた。
夢中になって水差しから直接水を飲み、喉のかわきをいやす主を、アラムは彼の黒玻璃のような瞳をうるませて、痛ましげに見つめている。
「ラオシン様……痩せられましたね」
「……アラム、私がこの館にとらわれて今日で何日めだ?」
「たしか、九日めになります」
ラオシンは、どうにかして腕を自由にできないものかと努力してみるが、どうにもならない。
「……くっ。この玉綱を切るのは無理か?」
「賄賂をわたした兵に、剣を取られてしまいまして……。ですが、ラオシン様、今、ある人に頼んで、どうにかしてラオシン様をお助けする方法をさぐっております」
その言葉はラオシンにとって希望となった。
「ある人とは、誰だ?」
「万が一発覚したときのために、敢えて名は出せませんが、その人が今必死に人手をあつめております。満月の夜には決起できるはずです」
「た、たのむアラム、急いでくれ」
内部の玉を熱く感じはじめてラオシンは焦った。こうしている今も息があがりそうで、前が反応してしまいそうなのだ。片膝を立てどうにかアラムに気づかれないように気を配る。
「ラオシン様」
アラムが細い手でラオシンの手をつかむや、うやうやしく接吻する。忠誠をこめて。だが、そこから伝わる少年の熱情が、今のラオシンに奇妙な刺激をもたらし、いたたまれなくなってくる。
「かならず満月の夜にはお助けに参ります。どうか、それまでは御辛抱ください」
「わかった」
「……ああ、もう行かなければ」
アラムの黒い瞳は熱をひそめて潤んでいる。
「ラオシン様、どうか助けにくるまであきらめないでください」
「ああ、あきらめない……。信じて待っている」
「ラオシン様」
アラムがラオシンの胸に抱きついた。今のラオシンにはこれは負担だった。
(あ……駄目だ、動くと……)
それでもどうにかアラムがはなれ、賄賂をわたしたという兵がしずかに扉をあけて彼を呼んだ。
「おい、もう時間だ。マーメイ様たちが戻ってくるかもしれんぞ」
「はい。では、殿下」
「たのんだぞ、アラム」
アラムは目尻に涙をこぼしながら去っていき、室にはしばしラオシンだけが取り残された。
(満月の夜までだ……それまでなんとかして持ちこたえねば)
身体を灼く玉の感触に頬を染め、あらたな汗を五体に浮かべながら、ラオシンは必死に自分に誓った。
0
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました
芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」
魔王討伐の祝宴の夜。
英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。
酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。
その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。
一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。
これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる