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新たなる朝 七

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「話がある」
「……なんだ?」
 侍女のさしだす茶を銀の碗で飲みながらアイジャルはやや固い声で告げた。
「アラムは今日、去勢措置を受けることになった」
 ラオシンの顔が青くなった。
 いったんは許したアラムだが、やはり身近に置いておくのは負担だと言いはるラオシンに、アイジャルはアラムを異国に常駐する大使の従者にしようとした。だが、アラムはなんとしてもラオシンのそばを離れるのが嫌だと言いはり、「ラオシン様が私のしたことを許してくださらないなら、罰を受けます」と、宦官になることを決心したのだ。
「どのみちあの子はもうすぐ十五になる。小姓として後宮におけるのは十五までじゃ。だが宦官となれば生涯ラオのそばにいられるから、本人にとってもそれが幸せなのじゃろう」
 ラオシンは苦い顔になっていた。
「……いつまで私を後宮におくつもりなのだ?」
「決まっておる」
 アイジャルは残酷に笑う。庭から入ってくる光に照らされたその横顔は、魔神めいて見える。
「死ぬまでじゃ。いや、死んだあともラオは余の墓にいっしょに入れるつもりじゃ」
 ラオシンは絶望に眩暈めまいがしそうだ。だがその絶望はどこか甘い。
「さ、ラオ。余は政務で疲れた。慰めろ」
 慰めろ、と言われてすることも教えこまれてしまった。
 ラオシンは忌々し気に憎い主の薄紫色の下衣の紐をほどくと、下肢におずおずと口を寄せる。最初にこれを求められたときは泣いて嫌がったラオシンだったが、今ではもう抵抗することの無意味さを知ってしまい、悔し気に顔を赤く染めながらも、相手の意のままにするしかない。
 とはいうものの、少し離れたところに立つ侍女や、アイジャルの背後で大きな孔雀の羽の扇で風をおくる小姓の存在はやはり辛い。 
「ん……んん!」
 ラオシンの黒髪を指で梳いてやりながら、アイジャルはさらなる責めの言葉をはなつ。
「ラオ、今宵の宴にはサルドバを呼ぶか? そういえば、例の舞踏家、ジャハギルだったか?」
 ジャハギルの名が出たことでラオシンの動きが一瞬止まる。
 ジャハギルも最初は殺されることになっていたのだが、「私はまだ殿下にすべての踊りを教えておりません」という彼の必死の嘆願に躊躇した兵士の伝言によって、しばし悩んだアイジャルは、もう少し彼を生かしておくことにした。
 結局ジャハギルは今ではふたたび宮廷に舞踏の師としてむかえられ、ラオシンに踊りを教えている。幸か不幸か彼の容貌や性質が、宦官と同一視されるものとされ、殺すほどの価値もない者とみなされたのだ。
 ジャハギルの指導はあいかわらずラオシンにとっては恥辱の痛みと、やるせない淫猥な情感をともなう辛いものだった。
 意地悪なアイジャルは、稽古中はラオシンがジャハギルの命にしたがうように決め、ラオシンがしたがわぬ場合、日に五回まではジャハギルに師としてラオシンを打つ権利をあたえてしまった。一度、あまりの過酷さと屈辱にラオシンが逆らったときは、宦官たちに床におさえこまれ、控えている侍女たち全員のまえで尻を平手で打たれるという罰を受けた。
 さらにラオシンにとって辛いのは、苦しい練習の果てに肉体が変化することをもはや抑えきれないことだ。上気した顔や身体を侍女や宦官たちの目で嬲られるたびに、ラオシンは甘い鞭で打たれたように恍惚となってしまうから始末が悪い。
 だが罪を逃れて職も得たジャハギルとは対照的に、ドドや他の用心棒たちは皆殺され、ディリオスとマーメイ、リリ以外のラオシンを知る娼館の者は全員、水銀を飲まされ喉をつぶされるという悲劇に終わった。それをいともあっさり告げるアイジャルに、ラオシンは帝王の威風を否応なしに感じ、反論する気にもなれなくなる。
 アイジャルは笑って言ったものだ。
「すべてラオのためなのじゃぞ。ラオを傷つけた者は許さぬ」
 一番傷つけたのは陛下ではないか、とさすがに顔をしかめてラオシンが反駁はんばくすると、さらにアイジャルは笑ってみせる。
「余はよいのじゃ。この空の下、ラオを傷つけ泣かしてよいのは余だけじゃ」
 なんという勝手な理屈か。
 ラオシンは複雑な想いで、主である年下の王者を見つめた。
 どんなにつくろってみても、アイジャル王が囲っている美男子が、じつは王子ラオシン=シャーディーであることは今や宮廷じゅうに知れ渡っている。ラオシンが神官となって俗世を捨てたという話が出たあとで、後宮に彼に似た男妾おとこめかけが住むようになったのだから当然だろう。あの夜、王と王子によく似た二人を見たと思っていた将軍や学者が、その夜の出来事を吹聴したせいもある。
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