サファヴィア秘話 ー闇に咲く花ー

文月 沙織

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新たなる朝 六

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「なんじゃ、ラオ、その目は?」
 内心至福の想いで叫びながら、アイジャルは厳しい目をむける。
「そのような目で余を睨むのなら、やはりお仕置きせねばな。後宮の中庭の広場に晒してやろうか? さぞ侍女や宦官たちが面白がるじゃろうな」
「うう……」
 先日ラオシンが林で晒し刑にされたことはアイジャルも聞いていた。屈辱と羞恥に身悶えするラオシンの裸体を想像して、その夜もアイジャルは侍女を相手に欲望を発散させた。だが、もはや二度と代用品で我慢する必要はない。腕のなかに愛しい唯一無比ゆいいつむひの男がいるのだ。
「ラオは晒されるのが好きなのだと聞いたぞ。下々の者に見られて、感極まり情を放ったというではないか?」
「ああ……!」
 ラオシンは肩をすくめて泣きじゃくった。
(ああ、この可愛さ!)
 悔し泣きするラオシンの頬を両手ではさむようにして、幾度も噛みしめられた彼の柘榴ざくろ色に輝く唇をアイジャルは吸った。涙の味とまざって甘苦い。
 加虐に昂ぶるみずからの身体を被虐に燃える相手の身体に思いっきりすり寄せ、互いの熱を比べあう。そうしてあらためて自覚する。
(余は、ジャハンとはちがう)
 たしかに邪恋かもしれないが、ジャハンが徹底的にラオシンを嬲ることだけを望んだのに対して、アイジャルの望みは、己の欲望をかなえつつも、ラオシンに快楽をあたえることだ。
(そうじゃ。余は、ただラオを傷つけたいだけではない。ラオとともに楽しみたいのじゃ)
 苛めることを望む主に、苛められることを悦ぶ奴隷。自分たちは似合いの二人ではないか、とアイジャルは思ってみたりする。
「なんと、ラオがこんな泣き虫じゃったとは。父上はいつも余にラオのように強くなれと、おっしゃっていらしたものだがなぁ……」
「ううっ!」
 いたぶりの言葉に頬を染め、ラオシンは涙に濡れた目でアイジャルを睨みつける。だが、その黒い瞳には、官能の蜜が光っていた。

 ときが流れ、王太后の喪もあけたころ、後宮の中庭では不思議な生き物が野外浴場で水浴びをしていた。
 燦然ときらめく陽光のなか、水滴をしたたらせて水から上がってきた鳶色の肌に侍女たちがまといつき、布で手足をふく。かしずく女たちのなかで彼、ラオシン=シャーディーは高慢なほどに誇りたかく背をそらしている。
 ここは後宮の一角。ラオシンに与えられた居住でもあれば、彼を幽閉する豪奢な牢獄ともいえるだろう。
 水仙の花がところどころに植えられていることから、人々はこの局を《水仙宮すいせんきゅう》と呼び慣らわしている。その庭に声変りまえの小姓の美声がひびきわたる。
「陛下のおなりー!」
 数人の侍女たちはいっせいにその場に膝をつく。ただ、女たちの中央で、ラオシンだけは膝を屈することなく、立ったままで国王アイジャルの来臨を待つ。
「今日もラオは相変わらず生意気じゃな」
 薇苦笑しながら国王は従者をしたがえ庭に下りてきた。
「余のやった首輪は気にいったか?」
 ラオシンの項から胸にかけて黄金の飾りものがきらめいている。これひとつでも大変な財産となる高価な装飾品である。手にも足にも銀の玉をつないだ豪華で美しいかざめられており、一糸まとわぬ身体に金銀の装飾品はどこか淫靡な雰囲気をはなっている。
「重たい」
「くっ、くっ、くっ!」 
 アイジャルみずから侍女がもってきた薄紫の布をラオシンの腰に巻いてやる。つねに全裸ではべる性奴隷もいるが、アイジャルはラオシンから羞恥の感情をうばう気は毛頭なかった。むしろ消えぬ羞恥心こそ神秘のヴェールとなってラオシンの美を際立たせるのだ。
 腰をおおってもらったことでラオシンの張りつめていた身体が少しゆるむのが伝わってくる。後宮へつれてこられてからも常に傲慢な態度をくずさないラオシンだが、やはり内心はかなり緊張していたのだろう。
 少し安心したようなラオシンの表情を楽しそうに見つめながら、アイジャルは彼をともない、屋内に置かれてある高座に腰かける。ラオシンは床石に座る。奴隷は主人と同じ位置に座ることはゆるされない。それでも他の侍女や小姓たちがつねに佇立ちょりつしてはべっていることを思うと特別あつかいと言えるだろう。
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