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新たなる朝 五
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いつも自分の前を歩いていた年上のいとこを、いたぶり、辱しめ、貶め、そして快楽に喘がせてやりたい、という狂おしい欲望にのみこまれてしまった。ジャハンが抱く欲望とおなじものを自分もラオシンに対して持っていたのだ。
それは邪恋、というものかもしれない。
日々、ジャハンから伝えられるラオシンの様子は、王太后の溜飲を下げ、彼女に歓喜をもたらしたが、はたで聞いていたアイジャルは胸が締め付けられる想いだった。だが、その感情は、苦痛だけではなく、時間が過ぎると、なんともいえない甘い疼痛となって全身をしびれさせていく。
(ラオシン殿下は娼婦の手によって情を放たれたそうで)
(殿下は、今日は石の玉を二つほどまで飲みこめるようになったそうで)
(今日は女物の衣をまとって踊りのお稽古に専念されております。さぞ、素晴らしい舞踏を見せてくれるでございましょうなぁ)
聞く終わると、身体が熱くなり、いてもたってもいられなくなる。あるとき、アイジャルはそばの侍女の手を握りしめていた。それから後のことはほとんど覚えていないが、気づいたときは、寝所で疲れ果てていた。そのときアイジャルは自分が男になっていたことを自覚したが、相手は侍女ではなく、幻のラオシンだ。その侍女にはなんの感情もなかった。
それからもジャハンから伝え聞くラオシンの様子を想像しては、妄想のなかでラオシンを抱き、辱しめ、泣かして、最後には手ごろな女官や侍女に欲望をぶつけた。彼女たちにはなんの情愛もなく、むしろ目覚めたときには、そこにいるとラオシンの夢が壊されるようで疎ましくさえあり、怒鳴りつけて追い出したぐらいだ。
そんなアイジャルの変貌にいち早く気がついたサルドバから事情を訊かれたとき、すべてを打ちあけた。サルドバはうすうすラオシンの身に何か起こったのではないかと予想していたらしい。
このときはアイジャルもサルドバも血を吐くほど悩んだが、アイジャルはラオシンを救い出すことよりも、彼をそのまま性奴隷にすることを選んだ。
(だが、余以外の男には絶対に触らせぬ)
ラオシンを生涯自分のものにするとサルドバに宣言した。思えばこのときアイジャルは本当の意味で王になったのかもしれない。
サルドバは反対したが、アイジャルの決意がどうあっても変わらないことを知り、ぎゃくに「ラオシンを自分のものに出来なければ余はこの先生きていけない」とまで言い切ったアイジャルに協力することを、ともに地獄に落ちることを覚悟した。
サルドバにそれを決意させたのは、一にも二にも前王への忠誠と恩義だろう。亡きイブラヒル王のおかげで異国の血をひくサルドバも出世できたのだ。
そして、もうひとつ。
「どうしてもお前が嫌だというのなら、もう頼まぬ。他の者に命じる」というアイジャルの言葉だ。サルドバもまた美しい親友に複雑な想いを焦がしていたようだ。恋情とまではいかないが、他の男に触らせたりあられもない姿を見せたりするのは忍びないのだ。
そんなときに、酔った王太后がアイジャルのまえで、夫に毒を盛ったことを得意気にもらした。おまえのために母は父を殺したのだ、と。そうでもしなければ、イブラヒル王は王位を優秀な甥にゆずってしまっていたかもしれない、母はおまえのためならなんでもした、と。
このときアイジャルは母と決別することを誓った。
夫を殺した妻ではあっても、親である。むろん、アイジャルが辛くないわけはないが、彼は決断した。誰にも屈さぬ真の王者になることを。
そして今、王として、主として囁く。
「ラオ、ラオはまだ躾けが足りないところがあるゆえ、宮殿にもどってから教育しなおさなければならぬな」
「うう……」
「そのためにサルドバもアラムも協力してくれるじゃろう。悪いことをしたり、余に逆らうようなら、お仕置きをせねばならぬ。よいか、ラオ、こんどおいたをすれば、召使たちのまえでアラムに尻を打たせるぞ」
「……!」
ラオシンの頬が怒りに燃えるのを、アイジャルは喜々として見つめた。
(そうじゃ、ラオ、もっと怒れ。怒って余を睨みつけてこい)
欲しいのは従順な人形ではない。奴隷に堕ちても反骨をうしなわぬ気高い男。それでいて、浅ましい欲望を秘め、情欲にまみれて可愛く泣く男。後宮のどんな美姫も美童もこの新しい奴隷にはかなわないだろう。
それは邪恋、というものかもしれない。
日々、ジャハンから伝えられるラオシンの様子は、王太后の溜飲を下げ、彼女に歓喜をもたらしたが、はたで聞いていたアイジャルは胸が締め付けられる想いだった。だが、その感情は、苦痛だけではなく、時間が過ぎると、なんともいえない甘い疼痛となって全身をしびれさせていく。
(ラオシン殿下は娼婦の手によって情を放たれたそうで)
(殿下は、今日は石の玉を二つほどまで飲みこめるようになったそうで)
(今日は女物の衣をまとって踊りのお稽古に専念されております。さぞ、素晴らしい舞踏を見せてくれるでございましょうなぁ)
聞く終わると、身体が熱くなり、いてもたってもいられなくなる。あるとき、アイジャルはそばの侍女の手を握りしめていた。それから後のことはほとんど覚えていないが、気づいたときは、寝所で疲れ果てていた。そのときアイジャルは自分が男になっていたことを自覚したが、相手は侍女ではなく、幻のラオシンだ。その侍女にはなんの感情もなかった。
それからもジャハンから伝え聞くラオシンの様子を想像しては、妄想のなかでラオシンを抱き、辱しめ、泣かして、最後には手ごろな女官や侍女に欲望をぶつけた。彼女たちにはなんの情愛もなく、むしろ目覚めたときには、そこにいるとラオシンの夢が壊されるようで疎ましくさえあり、怒鳴りつけて追い出したぐらいだ。
そんなアイジャルの変貌にいち早く気がついたサルドバから事情を訊かれたとき、すべてを打ちあけた。サルドバはうすうすラオシンの身に何か起こったのではないかと予想していたらしい。
このときはアイジャルもサルドバも血を吐くほど悩んだが、アイジャルはラオシンを救い出すことよりも、彼をそのまま性奴隷にすることを選んだ。
(だが、余以外の男には絶対に触らせぬ)
ラオシンを生涯自分のものにするとサルドバに宣言した。思えばこのときアイジャルは本当の意味で王になったのかもしれない。
サルドバは反対したが、アイジャルの決意がどうあっても変わらないことを知り、ぎゃくに「ラオシンを自分のものに出来なければ余はこの先生きていけない」とまで言い切ったアイジャルに協力することを、ともに地獄に落ちることを覚悟した。
サルドバにそれを決意させたのは、一にも二にも前王への忠誠と恩義だろう。亡きイブラヒル王のおかげで異国の血をひくサルドバも出世できたのだ。
そして、もうひとつ。
「どうしてもお前が嫌だというのなら、もう頼まぬ。他の者に命じる」というアイジャルの言葉だ。サルドバもまた美しい親友に複雑な想いを焦がしていたようだ。恋情とまではいかないが、他の男に触らせたりあられもない姿を見せたりするのは忍びないのだ。
そんなときに、酔った王太后がアイジャルのまえで、夫に毒を盛ったことを得意気にもらした。おまえのために母は父を殺したのだ、と。そうでもしなければ、イブラヒル王は王位を優秀な甥にゆずってしまっていたかもしれない、母はおまえのためならなんでもした、と。
このときアイジャルは母と決別することを誓った。
夫を殺した妻ではあっても、親である。むろん、アイジャルが辛くないわけはないが、彼は決断した。誰にも屈さぬ真の王者になることを。
そして今、王として、主として囁く。
「ラオ、ラオはまだ躾けが足りないところがあるゆえ、宮殿にもどってから教育しなおさなければならぬな」
「うう……」
「そのためにサルドバもアラムも協力してくれるじゃろう。悪いことをしたり、余に逆らうようなら、お仕置きをせねばならぬ。よいか、ラオ、こんどおいたをすれば、召使たちのまえでアラムに尻を打たせるぞ」
「……!」
ラオシンの頬が怒りに燃えるのを、アイジャルは喜々として見つめた。
(そうじゃ、ラオ、もっと怒れ。怒って余を睨みつけてこい)
欲しいのは従順な人形ではない。奴隷に堕ちても反骨をうしなわぬ気高い男。それでいて、浅ましい欲望を秘め、情欲にまみれて可愛く泣く男。後宮のどんな美姫も美童もこの新しい奴隷にはかなわないだろう。
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