昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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秘色の屋敷 一

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 日が傾きはじめると、屋敷のなかは高麗納戸こうらいなんどの色にうずまり、屋敷全体がなにかしら開けてはいけない秘密の納戸のように思えてきて、望は慣れた別宅に入るのに躊躇してしまう。
「お帰り、望君。ずいぶん遅かったね」
 玄関で出迎えてくれたのは、都ではなく家庭教師の香寺雅実こうでらまさみだった。
 眼鏡の奥で光る香寺の怜悧な瞳に見つめられると、望は森のなかで耽っていた秘密の遊びを見すかされた気がして、ばつが悪く、視線をそらす。
「都はどうしてますか?」
「都さんは、伯爵のお部屋だよ。伯爵は少し……、いや、かなりお加減が良くないらしい」
 伯爵というのは、望の祖父になる相馬たかしであり、望の父忠と叔父勇の父親である。ここ数年、歳のせいもあってか体調がかんばしくなく、この地で静養しているのだ。
 望の父である相馬忠は、若かりし頃、望の母である女性との結婚を、この祖父につよく反対され、その反対を押し切って結婚したため、祖父とは縁切り状態で、めったに会うことはない。
 それでも祖父はさすがに孫の望のことは可愛がってくれて、望は年に何回かは祖父の住まうこの別宅を訪れている。
「お祖父様は、そんなに良くないのですか?」
 もの憂げに香寺はうなずく。
「伯爵もお歳だからね。医者が……」
 香寺は声をひそめた。
「そろそろ心の準備をしておくようにと言っていたよ。東京のご両親のところには都さんが電報を打ったそうだから、近日中に来られると思う」
「勇叔父様たちも来るんですよね」
 望には両親より叔父たちの方が気になる。
「君は本当に叔父さんたちが好きなんだね」
 香寺は微笑ましげに笑う。
 香寺は都内の有名高等学校を主席で卒業したあと、望の家に住み込み書生兼家庭教師をしながら大学へ進学した。だが去年から田舎の母親が病気で、学業を断念して田舎へ帰るかどうか目下悩んでいるらしい、と両親の話から望は聞き知っていた。そのせいか、今もどこか表情が暗く、切れ長の目は悲しげに見える。
(先生も……いろいろ大変なんだな)
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