昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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日影の若葉 二

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(こいつ、香水でもつけているのかな?)
 清叔母は外国製の香水をこのんでつけている。叔母のつけている香水が章一にうつったのか、もしくは章一自身でつけているのか。
「そりゃ、悲しいよ。望ちゃんだって辛いだろう? ぼくらのお祖父さまなのだから」
 潤んだ瞳で章一が訴えるように言う。
 ぼくらのお祖父さま……という言葉が、黒い蛇のように、望にからみついてくる。そんな真昼の錯覚に望はおぞけを覚えた。
 章一には仁と同じ血が流れているのだ。勿論、望にも。そして、望も章一も、仁でさえも、あの祖父の血を、その身体に持っているのだ。
 不意に、望はいてもたってもいられない気持ちになった。
 それは焦燥感であり、苛立ちでもあり、飢餓感のようでもある。
「望ちゃん、どうしたのさ? なんだか顔色が悪いよ」
 章一がしっとり濡れた黒い瞳で自分を見つめている。
 襟詰めの制服は、章一にはまるで似合わないなと思っていたが、二ヶ月も着ていると、なかなか様になってきている。子供めいていた顔立ちも仕草も、どこか変わってきて、伏せた目元などは、やはり仁の面影を匂わせる。
「章一……」
「なんだい、望ちゃん」
 年下の少年に名を呼ばれた瞬間、望のなかに悪魔が生まれた。
「望ちゃ……?」
 望は章一のかぼそい両肩をつかみ、相手の唇に自分の唇をおしつけていた。
「ん……」
 それは、おそらく章一にとっては本当に生まれて初めての行為だったのだろう。
「の、望ちゃん……」
 唇をはなすと、驚愕と羞恥にゆがんだ顔を向けてくる。
「望ちゃん……こんな、」
 なにか言いたそうにする章一の顔には、まだ驚きがはりついているが、恐怖や憎悪、軽蔑はすこしもない。
「章一、今日、俺の家に来い」
 はじめて自分のことを〝俺〟と呼んで望は伝えた。いや、命令した。
「きょ、今日は……」
 都合が悪い言おうとした章一だが、すぐに口を閉じてしまう。望が睨みつけたのだ。
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