昭和幻想鬼譚

文月 沙織

文字の大きさ
56 / 190

遥かな闇から 十

しおりを挟む
「困った奴でして。そんなふうだからいい歳をして嫁の来てもないのだぞ。申し訳ない。大陸での任務が長かったせいで、こいつは日本の作法に疎くなってしまいましてね」
 父のとりなすような言葉。
「なんの、なんの、聞いておりますぞ。相馬勇といえば帝国陸軍きっての美男子だとか。相馬仁とならべば、どちらが菖蒲か杜若か。社交界の年頃の令嬢たちは、お二人の帰国でわきたっておるとか。嫁の来てなどごまんとあるはずでしょうが。結婚されないのは……、相馬中尉は女性に興味がないのでは、と言われておりますぞ」
 勇の笑い声。遠慮も照れもない、豪快な笑い声。
「とんでもない、こいつは、大の女好きですよ」
 父の苦笑まじりの言葉は、雨沼に媚びているようで望はいらだつ。
 思えば父忠には、あの祖父の傲岸さ泰然さはなく、勇のような豪胆さも、仁のような潔癖さもない。
 華族にしては商才のきく方で、貿易の仕事をうまくやっているが、どこか小人物なところがある。家族なのだから勿論、望にとって父は大事な人であるが、なんとなく男として、人間として軽く見ているところが――望本人は自覚していないが――ある。
 おそらく、こういう話をとりもつことで、仕事上のことで、雨沼からうま味を引き出すつもりなのだろう。華族というより実業家に向いている人だ。そのおかげで望は裕福な生活ができるのだが。華族でも貧しい家は多い。
 祖父や勇の方が異常、というか、桁外れなところがあり、むしろ父忠などはいたって世間の尺度に合った常識人なのだろう。
 しかしやはり、この時代の支配階級の人間のつねとして、人を、金や地位をもたぬ人間を人として見れないところがある。
 父や勇、雨沼に囲まれるようなかたちで、香寺はどんな顔をしているだろう。望は気になって仕方ない。
 気になる理由は、ただ心配しているだけではなく……追い詰められて困窮している香寺の顔を見てみたい、という欲望もたしかにある。
 章一をなぶっていたときと、おなじ欲望、欲求からきているものなのかもしれない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

身体検査その後

RIKUTO
BL
「身体検査」のその後、結果が公開された。彼はどう感じたのか?

処理中です...