昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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黄昏の季節 一

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 だが、まだその日は当分こない。望の少年期はまだ当分終わらない。
「さぁ、脱いでください」
「い、いやだ……! もう嫌だ!」
 うろたえ、椅子の向こうに退く香寺に、望はわざとらしいため息をついた。
「しょうがない人だな。牛雄うしお、ちょっと来てくれないか?」
 襖が開かれ、いつからそこにいたのか、下男のなかで一番身体の大きな男が、のっそりと入ってきた。
 香寺は彼を見上げて、仰天した。
「な、なぜ、おまえ、いつからそこにいたのだ……!」
 牛雄と呼ばれている彼は、大男で、動作が少しおそく、言葉もつたなくほとんど話さない。少し足りないのではないかと思われ、牛雄という名前も牛のように大きく鈍そうということで誰かがつけた呼び名で、本名ではない。
 もとは祖父の別宅がある田舎の農家の五男だったそうで、この屋敷で力仕事に雇われている。あの田舎は、かつての相馬家の領地だったのだ。
 嘘か本当か、牛雄には戸籍がないと、以前、勇から聞いたことがある。
(あの土地ではいまだに、三男以下になると戸籍を届けないらしい)
 東京で生まれ育った望には、最初は信じられない話だったが、地方へ行くとそういった因習はまだ残っているのだと勇は言った。
(戸籍に入れられなかった人間は、もとから生まれなかったも同然とされ、家族というより使用人のように扱われ、食事もろくにあたえられず小学校すら行かせてもらえないのだ)
 勇は淡々と説明した。
(成人しても結婚することもゆるされず、一生飼い殺しで終わることも珍しくはない。教育をまったく受けず物心ついたころから労働者としてこき使われるので、知能の発達もおそく、あまりしゃべることもできない。先天的なものではなく、後天的に、いわゆる白痴にされてしまっているのだ。あのあたりの田舎道を歩いていると、野良仕事をしている百姓のなかに、たまにそういう男女を見かけることがあるのだが、みな無表情無感動というふうで、本当に口がきけないように思えたな。おそらく牛雄もそうなのだろうな)
 驚いている望に、勇は苦い笑いを浮かべてみせた。
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