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黄昏の季節 二
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(望、今の世のなかにはそんなふうに人であっても人として扱われない人間なぞ、ごまんといるのだぞ。日本だけではない。大陸にもひどい目に合わされて生きている人間なぞ吐いて捨てるほどいる。なにも悪いことをしたわけではなく、ただ、今の時代にそこに生まれたというだけで一生不幸で辛い人生を生きることを定められている人間は大勢いるのだ)
こういうことを語る勇の顔は、いつもとどこか違っていた。
(牛雄なぞまだ男で体格にめぐまれたから、こうして東京へ出てきて生活できるのだ。女はもっと悲惨だぞ。文明から切りはなされた田舎の暗い家のなかで、一生こき使われ、いいようにされて、たいていの場合歳を取るまえに亡くなる。まぁ、その方が当人にとっても幸せだろうな。そんなふうに家畜同然にあつかわれる人間は、この世にいくらでもいるのだ。この文明の都である東京でさえ、おおっぴらに金で切り売りされている女たちは大勢いる。大陸や他の外国まで売られた日本の娘たちもいるぞ)
勇の話が妙に耳に残った。
この世に人あつかいされない者がいるのは、彼らを人あつかいしない人間がいるからだ。そして、自分たちは、まぎれもなく後者である。
だが今の望は運命について考えることより、おのれの欲望に素直になることを選んだ。
「牛雄、先生が言うことを聞いてくれないんだ。少しこらしめてやらないとな」
「あうー……」
牛雄はそれこそ獣のような呻き声で返事をした。
彼が室に入ってきた途端、むっと息苦しくなったようで、汗の臭いが鼻をつくが、望はむしろこの男のそんな獣性や不潔さこそを求めていた。つぎの入った粗末な作業着に、首にかけている手ぬぐいは垢じみている。
潔癖な香寺は牛雄を一目見るや、眉間をゆがませた。
この、見るからに薄汚く知性の低そうな男を香寺にけしかけることに、望は言いようのない喜びを感じていた。
「さ、先生をこっちへ連れてきてくれ」
冷酷に望は命じる。
「や、やめてくれ! 牛雄、やめるんだ!」
香寺の悲痛な叫びを無視して、牛雄は若い主の命令にしたがった。
こういうことを語る勇の顔は、いつもとどこか違っていた。
(牛雄なぞまだ男で体格にめぐまれたから、こうして東京へ出てきて生活できるのだ。女はもっと悲惨だぞ。文明から切りはなされた田舎の暗い家のなかで、一生こき使われ、いいようにされて、たいていの場合歳を取るまえに亡くなる。まぁ、その方が当人にとっても幸せだろうな。そんなふうに家畜同然にあつかわれる人間は、この世にいくらでもいるのだ。この文明の都である東京でさえ、おおっぴらに金で切り売りされている女たちは大勢いる。大陸や他の外国まで売られた日本の娘たちもいるぞ)
勇の話が妙に耳に残った。
この世に人あつかいされない者がいるのは、彼らを人あつかいしない人間がいるからだ。そして、自分たちは、まぎれもなく後者である。
だが今の望は運命について考えることより、おのれの欲望に素直になることを選んだ。
「牛雄、先生が言うことを聞いてくれないんだ。少しこらしめてやらないとな」
「あうー……」
牛雄はそれこそ獣のような呻き声で返事をした。
彼が室に入ってきた途端、むっと息苦しくなったようで、汗の臭いが鼻をつくが、望はむしろこの男のそんな獣性や不潔さこそを求めていた。つぎの入った粗末な作業着に、首にかけている手ぬぐいは垢じみている。
潔癖な香寺は牛雄を一目見るや、眉間をゆがませた。
この、見るからに薄汚く知性の低そうな男を香寺にけしかけることに、望は言いようのない喜びを感じていた。
「さ、先生をこっちへ連れてきてくれ」
冷酷に望は命じる。
「や、やめてくれ! 牛雄、やめるんだ!」
香寺の悲痛な叫びを無視して、牛雄は若い主の命令にしたがった。
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