昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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再生の日 二

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 祖父が死ねば、祖父との異常でただれた関係も終わりになる。
 もちろん祖父が死んだからといって、今までのことが消えるわけではない。されたことは決して忘れられないだろう。それでも、もう二度とあんな目に遭わされることはないというだけでも望はすこし救われる。
 自分で自覚していた以上に自分祖父を恨んでいたことに、今更ながら望は気づいた。そして内心驚いた。
 いや、恨んでいることよりも、それだけ祖父にされたことで傷ついていた自分に気付き、いっそう驚くのだ。
(僕は……思っていたよりも弱い人間なんだろうか……)
 あわてて望は首を横に振った。
 ちがう、と思う。自分が弱いのではない。やはり祖父が尋常ではないのだ。実の孫にあんなことをするのは、どう考えてもおかしい。
 自分がこんなふうに普通の少年ではなくなってしまったのは、そのせいなのだろうか……、とつい自問しては考えこんでしまう。
 そんな望の頭上に、朝日は燦然と降りそそぐ。
 この辺りは東京と比べるとまだかなり涼しいが、今日あたりから暑くなりそうだ。
 近くの小川の水面が陽をはね返して、きらきらと光っている。このまま小川に沿ってまっすぐ行くと、滝がある。細い道とも呼べない野道の脇には、まるで滝へと案内するかのように薊の花が並んで咲いている。
 薊に誘われるままに滝まで行ってみたくなったが、そろそろ戻らないと、朝食の時間だ。
 朝餉の席に望がいないと都が怒るだろう。
 今は望様にとって大事な時でございますよ――。都はここ最近よくそんなことを言う。
 特に祖父が危篤状態になってからは、そわそわして落ち着かない様子で、いつもの都らしくない。
 いや、都のみならず、父も勇も仁も、一族の男たちは皆浮足立っているように思える。家長が死のうとしているのだから無理もないが、それだけではないような気が望はした。 
 望はなにかを振りはらうように、空を仰いだ。美しい青空だ。遠くに白雲が見える。
 そろそろ別荘に戻るかと踵を返した。
「あら……、坊ちゃんじゃございませんか」
 いきなり声をかけられて、驚いて振りかえると、そこにいたのは和服姿のひとりの女だった。
 歳は二十代後半ぐらいか、三十は過ぎていないように望の目には見えた。成熟した大人の色気が感じられる。
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