136 / 190
儀式 七
しおりを挟む
「もっとも、贄をほうりだして、彼奴は逃げだしおったがな」
かすかな失笑が室に響く。
彼奴、というのは父忠のことだと望は推測した。
「あたしは、まったくいい面の皮ですわ」
甘えたような玉琴の声が聞こえてくる。望は振り向きもしなかった。
「そうじゃ。あれはもうしょうがない。儂は、今日、あらためて宣言する。相馬望こそ、次期伯爵にして、相馬家の当主じゃ」
室に、ちいさく息を吐く音がたつ。
「そして、今回は贄をこのなかから選ぶ」
祖父の声に、座敷は沈黙した。理由のわからない緊張感をおぼえながら、望はひたすら黙って座っていた。
祖父は室内を睥睨し、一呼吸おいた。
「贄は、仁、おまえがなれ」
ふたたび、吐息の音が座敷にたった。
状況がわからないのは望だけなのかもしれない。
なんとなく、贄という言葉に不吉なものを感じ、それに選ばれた仁を気遣う気持ちと、自分がどうかかわるのかいまだに解らない不安感に身体がますますこわばる。
「仁、ここへ来い」
仁は動くのに数秒かかったが、我にかえったように膝行ですすみ、一人分あけて望の隣にならんで正座した。
「仁、おまえは贄になるのに異存があるか?」
青ざめた顔で、だが仁は低い声ながらはっきりと答えた。
「ありません。……よろこんで、贄となりましょう。相馬家の繁栄のために」
祖父は破顔した。
「そうか。さすがじゃ。では、準備をするがよい。都、手伝ってやれ」
都は立ち上がり、襖を開ける。いざなわれるように仁は開かれた襖の向こうへ行く。足取りは心なしかふらついているように見えた。
待つことしばし。その間に客人には酒肴がふるまわれた。
洋酒もあれば大陸の酒もある。外国の言葉もまじえて囁き声が聞こえてくるが、望にはなにを言っているのかはよくわからない。
ただひたすら、この状況がもどかしく、落ち着かなかった。望のまえにも膳がおかれたが、食欲などなく、消えた仁がいつ戻ってくるのか、そればかりが気になった。
かすかな失笑が室に響く。
彼奴、というのは父忠のことだと望は推測した。
「あたしは、まったくいい面の皮ですわ」
甘えたような玉琴の声が聞こえてくる。望は振り向きもしなかった。
「そうじゃ。あれはもうしょうがない。儂は、今日、あらためて宣言する。相馬望こそ、次期伯爵にして、相馬家の当主じゃ」
室に、ちいさく息を吐く音がたつ。
「そして、今回は贄をこのなかから選ぶ」
祖父の声に、座敷は沈黙した。理由のわからない緊張感をおぼえながら、望はひたすら黙って座っていた。
祖父は室内を睥睨し、一呼吸おいた。
「贄は、仁、おまえがなれ」
ふたたび、吐息の音が座敷にたった。
状況がわからないのは望だけなのかもしれない。
なんとなく、贄という言葉に不吉なものを感じ、それに選ばれた仁を気遣う気持ちと、自分がどうかかわるのかいまだに解らない不安感に身体がますますこわばる。
「仁、ここへ来い」
仁は動くのに数秒かかったが、我にかえったように膝行ですすみ、一人分あけて望の隣にならんで正座した。
「仁、おまえは贄になるのに異存があるか?」
青ざめた顔で、だが仁は低い声ながらはっきりと答えた。
「ありません。……よろこんで、贄となりましょう。相馬家の繁栄のために」
祖父は破顔した。
「そうか。さすがじゃ。では、準備をするがよい。都、手伝ってやれ」
都は立ち上がり、襖を開ける。いざなわれるように仁は開かれた襖の向こうへ行く。足取りは心なしかふらついているように見えた。
待つことしばし。その間に客人には酒肴がふるまわれた。
洋酒もあれば大陸の酒もある。外国の言葉もまじえて囁き声が聞こえてくるが、望にはなにを言っているのかはよくわからない。
ただひたすら、この状況がもどかしく、落ち着かなかった。望のまえにも膳がおかれたが、食欲などなく、消えた仁がいつ戻ってくるのか、そればかりが気になった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる