昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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儀式 七

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「もっとも、贄をほうりだして、彼奴きゃつは逃げだしおったがな」
 かすかな失笑が室に響く。
 彼奴、というのは父忠のことだと望は推測した。
「あたしは、まったくいい面の皮ですわ」
 甘えたような玉琴の声が聞こえてくる。望は振り向きもしなかった。
「そうじゃ。あれはもうしょうがない。儂は、今日、あらためて宣言する。相馬望こそ、次期伯爵にして、相馬家の当主じゃ」
 室に、ちいさく息を吐く音がたつ。
「そして、今回は贄をこのなかから選ぶ」
 祖父の声に、座敷は沈黙した。理由のわからない緊張感をおぼえながら、望はひたすら黙って座っていた。
 祖父は室内を睥睨し、一呼吸おいた。
「贄は、仁、おまえがなれ」
 ふたたび、吐息の音が座敷にたった。
 状況がわからないのは望だけなのかもしれない。
 なんとなく、贄という言葉に不吉なものを感じ、それに選ばれた仁を気遣う気持ちと、自分がどうかかわるのかいまだに解らない不安感に身体がますますこわばる。
「仁、ここへ来い」
 仁は動くのに数秒かかったが、我にかえったように膝行ですすみ、一人分あけて望の隣にならんで正座した。
「仁、おまえは贄になるのに異存があるか?」
 青ざめた顔で、だが仁は低い声ながらはっきりと答えた。
「ありません。……よろこんで、贄となりましょう。相馬家の繁栄のために」
 祖父は破顔した。
「そうか。さすがじゃ。では、準備をするがよい。都、手伝ってやれ」
 都は立ち上がり、襖を開ける。いざなわれるように仁は開かれた襖の向こうへ行く。足取りは心なしかふらついているように見えた。
 待つことしばし。その間に客人には酒肴がふるまわれた。
 洋酒もあれば大陸の酒もある。外国の言葉もまじえて囁き声が聞こえてくるが、望にはなにを言っているのかはよくわからない。
 ただひたすら、この状況がもどかしく、落ち着かなかった。望のまえにも膳がおかれたが、食欲などなく、消えた仁がいつ戻ってくるのか、そればかりが気になった。
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