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儀式 八
しおりを挟むやがて――、出ていったときとおなじように襖が割れ、都に手を引かれるように仁が入ってきた。
白装束の仁は、白無垢に身をつつんだ花嫁のようで、望の方が気恥ずかしくなった。
静かな足取りで望の隣に来て、座る。ほのかにかおるのは、やはり麝香か。
まるで花嫁花婿として並んだようだ。
「白百合と白鳥をならべて見ているようじゃな」
祖父が感嘆した。
望はひどくきまりが悪い。妙に恥ずかしくて仁を見ることができない。
「よし。準備はできた。これより、儀式を始める」
いよいよ、と身構えた。怪奇小説に出てくるような、おどろおどろしい場面が展開するのだろうか、などと馬鹿なことを想像してしまう。
「望、」
「は、はい」
名を呼ばれて居ずまいをただした。祖父の声が響いた。
「仁を犯せ」
「え?」
聞き間違いだろうか。冗談だろうか。
呆然としている望に、祖父はかさねて命じた。
「仁を犯すのだ。この場で、仁を抱け」
驚きのあまり返す言葉もない。
客人たちも驚いているのかと思いきや、誰も声をたてず、笑いもせず、静まりかえって、望たちを凝視しているのが知れた。
冗談ではなく、本当に祖父は望に仁を犯せといっているのだ。
となりの仁に目をやると、仁は凍り付いたように固まっている。目を膝の上にそろえた両手に落として、祖父とも望とも顔を合わせようとしない。
この儀式は、人前で性交することなのだ。
客たちも仁も、もちろん勇も、そして、おそらくは父の忠も、この儀式がそういうものであることを知っていたのだ。
昔の欧州では王侯貴族の婚姻は国家的契約であったため、聖職者や身内など証人をおいて、花嫁花婿は彼らの前で初夜の営みをおこなうという、現代では下品で愚劣とも思える儀式があったと、なにかの本で読んだが、今、まさに望はその花婿の立場に立たされているのだ。
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