昭和幻想鬼譚

文月 沙織

文字の大きさ
上 下
137 / 190

儀式 八

しおりを挟む
 
 やがて――、出ていったときとおなじように襖が割れ、都に手を引かれるように仁が入ってきた。
 白装束の仁は、白無垢に身をつつんだ花嫁のようで、望の方が気恥ずかしくなった。
 静かな足取りで望の隣に来て、座る。ほのかにかおるのは、やはり麝香か。
 まるで花嫁花婿として並んだようだ。
「白百合と白鳥をならべて見ているようじゃな」
 祖父が感嘆した。
 望はひどくきまりが悪い。妙に恥ずかしくて仁を見ることができない。
「よし。準備はできた。これより、儀式を始める」
 いよいよ、と身構えた。怪奇小説に出てくるような、おどろおどろしい場面が展開するのだろうか、などと馬鹿なことを想像してしまう。
「望、」
「は、はい」
 名を呼ばれて居ずまいをただした。祖父の声が響いた。
「仁を犯せ」

「え?」
 聞き間違いだろうか。冗談だろうか。
 呆然としている望に、祖父はかさねて命じた。
「仁を犯すのだ。この場で、仁を抱け」
 驚きのあまり返す言葉もない。
 客人たちも驚いているのかと思いきや、誰も声をたてず、笑いもせず、静まりかえって、望たちを凝視しているのが知れた。
 冗談ではなく、本当に祖父は望に仁を犯せといっているのだ。
 となりの仁に目をやると、仁は凍り付いたように固まっている。目を膝の上にそろえた両手に落として、祖父とも望とも顔を合わせようとしない。
 この儀式は、人前で性交することなのだ。
 客たちも仁も、もちろん勇も、そして、おそらくは父の忠も、この儀式がそういうものであることを知っていたのだ。
 昔の欧州では王侯貴族の婚姻は国家的契約であったため、聖職者や身内など証人をおいて、花嫁花婿は彼らの前で初夜の営みをおこなうという、現代では下品で愚劣とも思える儀式があったと、なにかの本で読んだが、今、まさに望はその花婿の立場に立たされているのだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

時代小説の愉しみ

歴史・時代 / 連載中 24h.ポイント:576pt お気に入り:3

オレはスキル【殺虫スプレー】で虫系モンスターを相手に無双する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,430pt お気に入り:618

ダブルファザーズ

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:50

美咲日記 まとめ版

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:1

処理中です...