昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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泥色の夏 八

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「仁、辛くないか?」
 気遣うような勇の声に仁は首を横に振る。
「平気だ」
「汗をかいているぞ。拭いてやろう」
 言うや、勇は帯に挟んでいたらしい手ぬぐいを取り出して、仁の額に当てている。
 二人の前を歩きながら、望は内心舌打ちした。
 情事の際には乱暴で残酷な真似をするくせに、勇は時折ひどく甘い顔を仁に見せ、ふだんの彼からは想像できないほど優しいふるまいをする。
 平気で残酷な真似をし、どこまでも冷酷になれる男が、不意打ちのようにこまやかな気遣いと気配りを見せるのだ。望にはとういて真似できない。やはり勇ははるかに大人で器が大きいのだと思い知らされる。
 だが、たしかに昼からの行為で、仁は望よりかなり消耗していたのだろう。表情には疲労がうかがえる。
 仁に合わせて常よりゆっくりと望が先頭に立って田舎道を川沿いにすすんでいくと、ぼんやりと蛍のはなつともしびが川瀬をいろどる。  
 三人とも歩みをおそくして夏の川辺の美しさに味わった。三人から少し距離をおいて牛雄が歩いている。野卑そのものの男だが、今夜の風景には何かを感じるのか、まるで足取りは三人の邪魔をしないよう配慮しているかのように遅く、静かだ。
 やがて、激しい水音が聞こえてくるところまで一行は来た。
 そこには滝があった。
 望の気に入りの場所である。
 水霞みずがすみが、薄闇におぼろの白い炎を描いている。草の匂い、水の匂い、虫の鳴き声、蛙の鳴き声。夏の夜につつまれて、望は胸狂おしくなる。
 しばし夜の香を楽しんで、望は牛雄に命じて持ってこさせた線香皿で蚊取りの香を焚かせた。
 あらたに蚊取り線香の匂いがくわわるが、それもまた夏の香りだった。
「田舎もいいな」
 勇が感嘆したように滝を見ながら呟いた。
 大きな滝ではないが、それだけに幽玄的で美しく見える。水音も耳に心地よい。水幕の向こうから美しい水神があらわれてきそうだ。
「仁さん、ここへ来てください」
 岩場を背にして望は仁を呼んだ。
 呼ばれた仁は夜目にも青ざめる。
「ここへ来て、浴衣を脱いでください」
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