25 / 66
堕とされる姫君 三
しおりを挟む「いやだ!」
月に照らされた庭園に、悲鳴のような声がひびきわたった。
雛倉家にはごくちいさなものだが稽古場を兼ねた舞台があり、そこで鈴希は稽古に励んでいたのだが、ひとしきりの稽古が終わると、待ちかねたように小島の手が伸びてきた。
「や、やめろ、今夜はいやだ!」
「我が儘はいけません、鈴希様。お稽古は毎晩するというお約束でしょう」
悔しげに鈴希は眉をよせ唇をかみしめる。稽古着となる着物姿の鈴希が、すこし藍色の袴の膝をくずして座っている様子は、打たれて地に落ちた芙蓉の花を思わせる。
「け、今朝しただろう」
「あれは稽古のうちには入りませんよ。さ」
角帯に伸びてきた小島の手を鈴希ははねのけた。
「いやだ、今夜は本当にもういやなんだ……」
どこか弱々しげで幼げな口調で鈴希は言いつのる。それを睨む小島も今は鴬茶の和装で、そんな二人が対峙している光景は、傍目にはまさしく芝居の若衆同士の決闘場面のように映る。
「お、おまえ、見たろう、あいつらが私を見る目を……あ、あいつらは目で私を汚したんだ。あいつらは私のことも雛倉家のことも馬鹿にしているのだ」
口から怒りをほとぼしらせる鈴希を見る小島の目は冷たい。
「鈴希様、そんなことでいちいち怒っていてどうするんですか? 目で汚されるどころか、宴の夜には鈴希様はあのお二人に買われることになるのですよ」
「……そ、そんな」
鈴希の色白の顔がいっそう青くなった。
「そのためにも稽古をしなくてはならないのですよ。これで……」
そっと小島が板のうえにすすめた桐箱を鈴希は憎々しげに見下ろした。
小島が無言で蓋をあけると、なかには濃い紫の袱紗につつまれた物があり、彼がうやうやしげにそれを取り出すと、なかから奇妙な物体があらわれる。
鈴希はそれを一目見て、きつく唇を噛みしめた。
「さ、今日からは少し大きめの物にしましたよ。今夜はこれでお稽古をしましょうか」
小島の手にあるのは男性器をかたどった陶器でできた張型だった。
鈴希の身体が小刻みにふるえる。
「……い、いやだ、そんなもの」
「これがお嫌ですか? では今日川堀様が持ってこられた外国製のものを使われますか?」
「なっ……!」
小島の言葉に鈴希は真っ赤になった。
「川堀様が鈴希様のお稽古がすこし遅れていることを心配なされて、わざわざ取り寄せたアメリカ製のものがございます。今夜はそれを使ってみましょうか?」
小島の残酷な問いに鈴希はふるえた。川堀の遠まわしな仕打ちにも火を吹くほどの屈辱と羞恥を感じて、美しい黒目からは火花が出そうだ。
「ですが鈴希様には外国製は似合わないと思いまして、これを用意したのですよ。さ、わかったら帯をほどいてください」
「うう……」
鈴希は顔を伏せてしまった。わざとらしげな小島の溜息がひんやりとした板のうえをすべっていく。
「鈴希様、強くなってください。本番ではもっと辛い目にあうのですよ。恥ずかしい、悔しい、などといっても許してはもらえませんよ。客は雛倉鈴希の崩壊していく様を見たくてたまらないのです」
「な、……なぜ、私はそんな目に合わされないといけないのだ?」
小島に問うというよりも、この場にいない川堀や房木、そしてこのような酷い運命を己に課した天に問うような心持なのだろう。鈴希の言葉に小島は一瞬無言になり、それから答えた。
「それは、鈴希様がお美しすぎるからですよ」
さらに一瞬の沈黙。だが、小島の目は冷たさを取りもどし、さらに冷たい声で鈴希に命じる。
「鈴希様、帯をほどいて袴をお脱ぎください。そして、そこに四つん這いになるのです」
「ああ……」
もうこれ以上どうあがいても仕方ないと思ったのだろう、鈴希はふるえる手で帯をほどき、袴を脱ぎすてた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
90
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる