鈴の鳴る夜に

文月 沙織

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嬲られ図 十四

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 東條によって責めいたぶられ心をくじかれてしまった花若は、しおれた花のようにか弱げにふるえている。なにより花若の気概をうばってしまったのは、東條の冷淡な表情だ。
 今度は自分は関係ない、といわんばかりに身を退いてしまい、花若の無残なすがたを冷静に眺めている東條を、花若は恨めしげに見つめた。
「それは私はしたことがないからね。すべて小島君にまかせるよ」
 突き放したような東條の言葉に花若は歯ぎしりしそうだ。だが、なぜこれほどまでに東條が憎いのか己でも理解できず、いっそうもどかしくやるせなく、東條を睨み、そして小島を睨んだ。自分を追いつめ、辱しめ、ときに熱をあたえておきながら、冷ややかな目を向ける非道な男たち。花若は憎くてたまらない、というふうに唇を噛む。
「さ、花若様、鐙に足をかけてください」
 先日の木馬責めのときとおなじ要領で、まず鐙に体重をかけさせようとするが、片足が吊るされているのでやりづらい。そのうえ花若は小島にしたがうのがあまりにも業腹で、伸びてくる手から逃れようとする。
「手伝ってあげましょうか?」
 白い脚をつかもうとする房木の手を、花若は蹴ろうとした。
「く、来るな!」 
「おやおや」
「房木さん、今回は小島君にまかせてみましょう」
 主導権をにぎっている東條にそう言われては房木もそれ以上手を出せず、しぶしぶ引いた。
 いったんしおれた花が生気をとりもどしたように、屈辱をばねに花若は気骨を見せた。せいいっぱい手に力をこめ、身体を自力で吊り上げるようにして、どうにかして小島の手をのがれようとするが、小島はあわてない。
 それなら好きにしろ、とでもいうように花若から離れてしまう。
「うう……」
 どうやら持久戦になったらしく、誰も花若に触れず、無理強いをしない。しばらくは鼓の音だけが響いたが、その響きに花若の体内のなにかが反応するのか、胸や腹がふるえる。
 花若はかなり強情だった。踏みにじられても泥にまみれても美しさをうしなわない花のように、これほど不様を強いられてもどこかその顔や身体からは匂うような美しさと高貴な色気がただよってくる。
 だが、時間がたつにつれて苦しい姿勢で腕はかなり痛んできているはずだ。かろうじて左脚を木馬の背のあたりに置くことができたので多少は楽だろうが、花若の顔は血の気が引いたように青ざめ、やがて充血したように赤くなる。
「うっ……、うう」
 あられもない格好で吊り下げられているほぼ全裸の美青年。しかもその下には淫靡な凶器のような木馬。
 木馬の背に取りつけられた卑猥な道具が、花若の陥落を待ちのぞんでいるように不気味に光って見える。
 たわむれに小島が木馬の尻を押すと、下の台車が動き、とうぜん上のゴムの道具も動き、揺れているようにも見え、その様子は巨大な桃色の蛭が、はやく、はやく、と待ちかまえているようで、気味悪くもあれば滑稽でもあり、川堀たちの失笑をさそった。さらにその嘲りをふくんだ笑いに花若は屈辱をあおられて顔をゆがめる。
「う……うう」
 耐えがたい恥辱と苦痛にくるしみのたうつ花若を見ているだけで充分男たちはこの時間をたのしめていた。
「素晴らしい眺めだな。月岡芳年つきおかよしとしの責め絵のようだ」
 川堀の感想に、内心で東條は頷いた。
 幕末から明治にかけて活躍した異才の絵師のえがく血のしたたる責め画の迫力と、おなじく晩年に彼がこのんでえがいた、どこか危うい美女たちの儚げな趣きが、花若からは漂ってくるのだ。
 血塗られた純白の花。
 加虐の嗜好をもつ男たちは、花若という一輪の、けれど大輪の徒花あだばなに魅入られてしまっていた。
 幕の外では相変わらず独特の音律が響き、一種異様な雰囲気がたちこめる。
 花若にとっては地獄の拷問のような時間が過ぎていった。

「はあ……、ああ……」
 やがてついに花若の気力が萎えてきたころを見計らって、小島が近寄ると、先ほどの棗の蓋をはずした。
「はあ……」
 もはや抗う力もなく、背後に近寄ってきた下男が何をしているのかも気づかなかった花若は、そこに触れたものに怯えた。
「な、なに?」
「薬を塗り足しているんです」
「やっ、いやだ!」
 と言ったときにはすでに遅く、小島の指はたっぷりと救いとった怪しげな塗りものを、花若の敏感な蕾に塗りこんでいた。 
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