今度は、私の番です。

宵森みなと

文字の大きさ
6 / 101

第五話 特別な日、特別な出会い

しおりを挟む
王立学園の門をくぐった瞬間、私はひそかに息を呑んだ。

敷地の奥に広がるのは、まるで小さな都市のような壮麗な建築群。白と灰を基調にした優美な校舎は、貴族の館を彷彿とさせる造りで、装飾にまで気品が宿っている。

芝生には朝露が光り、鳥のさえずりと、馬車の音が交じり合う。ここに通うことになるのだと思うと、胸の奥が静かに高鳴っていた。

式典会場に向かう途中、控室のような小部屋で出番を待っていたときのことだった。

ふわり、と甘い香りを伴って誰かが隣に腰かけた。

「……あなたが、セレスティア=サフィール嬢?」

声は、少し低めで落ち着いている。顔を向けると、銀色の巻き髪を優雅に整えた少女がこちらを見ていた。背筋がすっと伸びていて、座っていても気品がにじみ出ている。

「はい、そうです。あなたは……?」

「ナイラ=セリーヌ。経営科の飛び級受験者よ。同い年って聞いて、ちょっと興味があったの」

名前に聞き覚えがあった。あの外交官長官セリーヌ侯爵の一人娘。噂では、将来の王国外交の柱を担うとまで言われている才女――まさか、こんな場所で初対面を果たすとは。

「お会いできて光栄です、ナイラ嬢。あの、私……こういう場に不慣れでして」

「ふふ、気にしないで。見た目はあどけないけれど、あなたの試験成績、耳にしてるわ。特別科で五位って、飛び級でしょ? かなりの話題よ」

「……ええ、なんとか。ナイラ嬢も、経営科で飛び級なんて、本当にすごいです」

「ありがとう。でも、“ナイラ”でいいわ。同い年同士、そんなに堅くならないで」

銀の髪が揺れながら微笑んだその瞬間、私は思った。この人、きっと本当は相当したたかで、知略に富んでいる。けれど、意外と気の合うタイプかもしれない――と。

「じゃあ、セレスティアって呼んでくれる?」

「もちろん」

笑い合った次の瞬間、呼び出しの声がかかった。

「あ、もう入場時間……」

「また学園で。あちらでも“無事に生き残れたら”ね」

ナイラが意味深にウィンクをして去っていったあと、私はふっと笑ってしまった。

なんだか、面白い学園生活になりそうだ。

* * *

入学式は、王立学園本棟の大講堂で行われた。

荘厳なアーチの天井、長く続く赤い絨毯。前方には王族・名門家の高官たちが並び、各学科の成績上位者が順に名を呼ばれて壇上へ上がる。

私の名前が呼ばれたとき、一瞬だけざわめきが走った。

「……13歳って、本当だったんだ……」 「嘘……子どもじゃない」 「でも……かわいい。人形みたい……」

私は緊張のなかでも、胸を張って壇上に歩いた。小柄な体に似合わぬ堂々とした足取りで、深く礼をする。その仕草に、一部の高官たちが頷いていたのが見えた。

入学式が終わると、それぞれの所属学科へと分かれて移動する。

特別科の生徒たちは、正門裏にある独立した石造りの校舎――通称「特別塔」へと案内された。ここには、他科とは異なる課題や履修が組まれているため、使用する施設すら別格だという。

案内された教室の扉を開くと、すでに十数人の生徒が着席していた。

年齢も、雰囲気も、それぞれまったく違う。精悍な顔つきの青年、知的な眼差しの少女、魔導士然とした沈黙を守る生徒……そんな中で、私は唯一の“子ども”だった。

ざわっ――

扉をくぐった瞬間、目線が一斉に向けられた。遠慮のない好奇心、驚き、ざわつく声。

「……ち、小さ……いや、若……」 「この子が……? 飛び級?」 「うわ、本当に人形みたい……」

「ごきげんよう。セレスティア=サフィールと申します。本日より、よろしくお願いいたします」

私はにこりと笑って頭を下げた。すると、教室の奥から、柔らかい拍手が起こった。

「ようこそ、セレスティア嬢」

振り返ると、純白の制服に身を包んだ少女が立っていた。柔らかな赤茶の髪を肩口で結び、落ち着いた微笑みを浮かべている。

「第三王女、ティアナ=サダールと申します。同じクラスで嬉しいです」

私は一瞬、言葉を失った。

まさか――王族と、同じ机を並べるとは。



その後、教官による自己紹介と今後の履修説明が続いた。

特別科では、各科目を横断的に履修する必要があり、加えて王宮付きの講師による実践演習も含まれることが伝えられた。

「皆さんは、未来の“柱”です。学科を越え、国家を越え、時には運命を越えて道を切り開く者たちです。自らの才能と責任に誇りを持って学んでください」

教官の言葉に、教室が静かに引き締まった。

授業は翌日から本格的に始まるということで、初日はこれで終了となった。

帰り際、クラスメートの数人が声をかけてきた。

「セレスティア嬢、何歳なんですか?」 「試験、何が一番難しかった?」 「その髪、天然なんですか?」

質問攻めにされながらも、私は微笑みを絶やさずに答え続けた。

ようやく、私の人生が、私の名のもとに動き出したのだと――あの夕暮れの記憶を思い出しながら、心の奥で静かに呟いた。
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

見るに堪えない顔の存在しない王女として、家族に疎まれ続けていたのに私の幸せを願ってくれる人のおかげで、私は安心して笑顔になれます

珠宮さくら
恋愛
ローザンネ国の島国で生まれたアンネリース・ランメルス。彼女には、双子の片割れがいた。何もかも与えてもらえている片割れと何も与えられることのないアンネリース。 そんなアンネリースを育ててくれた乳母とその娘のおかげでローザンネ国で生きることができた。そうでなければ、彼女はとっくに死んでいた。 そんな時に別の国の王太子の婚約者として留学することになったのだが、その条件は仮面を付けた者だった。 ローザンネ国で仮面を付けた者は、見るに堪えない顔をしている証だが、他所の国では真逆に捉えられていた。

【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。

朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。 ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――

手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです

珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。 でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。 加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。

【完結】竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった

凛蓮月
恋愛
【感想をお寄せ頂きありがとうございました(*^^*)】  竜人のスオウと、酒場の看板娘のリーゼは仲睦まじい恋人同士だった。  竜人には一生かけて出会えるか分からないとされる番がいるが、二人は番では無かった。  だがそんな事関係無いくらいに誰から見ても愛し合う二人だったのだ。 ──ある日、スオウに番が現れるまでは。 全8話。 ※他サイトで同時公開しています。 ※カクヨム版より若干加筆修正し、ラストを変更しています。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

存在感と取り柄のない私のことを必要ないと思っている人は、母だけではないはずです。でも、兄たちに大事にされているのに気づきませんでした

珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれた5人兄弟の真ん中に生まれたルクレツィア・オルランディ。彼女は、存在感と取り柄がないことが悩みの女の子だった。 そんなルクレツィアを必要ないと思っているのは母だけで、父と他の兄弟姉妹は全くそんなことを思っていないのを勘違いして、すれ違い続けることになるとは、誰も思いもしなかった。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

処理中です...