今度は、私の番です。

宵森みなと

文字の大きさ
36 / 101

第三十五話 王への報告(エリオット視点ほか)

しおりを挟む
翌朝、私は一連の旅の任を終えたことを陛下にご報告すべく、謁見の許可を願い出た。すぐに許可が下り、王城の執務室を訪ねると、すでに軍務卿ハルシュタイン侯爵閣下をはじめ、第一・第二騎士団の顔馴染みの面々が並んでいた。すでに、先に帰還していたエリック、サマイエル、レオナ、エリーナらもその場におり、こちらに気づくなり、何やら含み笑いを浮かべながら視線を寄越してきた。
……嫌な予感しかしない。
彼らは旅のあいだ、護衛と補佐を兼ねて随行していた者たちだ。表向きにはナイラ嬢の従者ということになっていたが、実際はセレスティア嬢の身辺を自然に護るために配置されていた。陛下から派遣された騎士などを近くにつければ、彼女が嫌悪感を抱くであろうという懸念から、細心の配慮がなされた形での同行であった。
私は気を引き締めて進み出ると、膝をつき、簡潔に言葉を述べた。
「アルドレア陛下に謹んでご報告申し上げます。セレスティア嬢は予定の旅程を無事に終え、つつがなくご自宅へとお戻りになりました」
それを聞いた陛下は、深いため息をつきながら椅子の背にもたれかかり、軽く口角を上げてこう言った。
「……それだけの報告で済ませるつもりか? お前が見聞きしたものは、それだけではあるまい。たとえば、セレスティア嬢の訪問時の様子や、ルクリツ公国で起こったあの騒ぎ、公女とナイラ嬢の小競り合い。街歩きの際に気づいた点などもあるはずだ。あるいは、だな……セレスティア嬢のどのようなところに心惹かれたかという報告でも構わんぞ?」
「……っ、いえ、その……私はそのような感情を抱いておりません。ただ……」
口からつい滑り出たのは、誤魔化すような苦しい言葉だった。
「ただ……いつも隣にいた彼女の姿がないことに、少し……違和感を感じるだけです」
言ってから、しまったと思った。案の定、先ほどまで黙っていた騎士団の面々が一斉にこちらを見て、顔を綻ばせる。あからさまに笑いを堪える表情に、私は思わず視線を逸らした。
咳ばらいを一つした陛下は、すかさず話を戻す。
「さて、レオナ嬢から先ほど、報告の一部を受け取ったばかりだが、念のため内容の正確性を確認したい。エリオットの前で、もう一度同じ報告をしてもらおう」
それを受けて、第一騎士団のエリックが一歩前に出た。
「第一騎士団所属、エリックにございます。セレスティア嬢はサラディアータ国において、城下町のあちこちを自ら歩かれ、現地の人々と積極的に交流されておりました。とりわけ、商人との値段交渉に臨まれるお姿は、まさに老練な商売人のようでございました」
「話しかける際の言葉の緩急、間の取り方、表情の使い分けなど、いずれも見事でして、会話の中から必要な情報を巧みに引き出される様子に、私はただただ感服いたしました。その内容を簡単に整理し、地図と共にまとめた書類を三部用意しておりましたが、私の分はセレスティア嬢から快く譲っていただいたものでございます」
「地図には街の構造、要所の目印、訪れるべき場所などが簡潔に記載されており、実用性の高いものです。これを読めば、初めての旅人でも迷うことはございますまい。布屋の女主人とナイラ嬢にも一部ずつお渡しされておりました」
続いて、第二騎士団のサマイエルが前に進み、重々しく頭を下げた。
「第二騎士団所属、サマイエルにございます。ルクリツ公国における出来事について、以下ご報告いたします」
「入城してまもなく、公女殿下がセリーヌ侯爵に抱きつくという行動に及び、これがナイラ嬢の不興を買いました。場の空気が乱れかけたその瞬間、セレスティア嬢が機転を利かせ、沈静化を図り、その場を退かせました」
「翌朝、出立の直前になって、ライオネル公が謁見の場で高塔から飛び降り自死を図るという前代未聞の事態が発生いたしましたが、セレスティア嬢が風属性魔法により、即時にその身体を受け止められました」
「詠唱のない即時起動、目にも止まらぬ速さ、対象への繊細な魔力操作、そのいずれもが圧巻で、騎士団の中でもここまでの魔力量と制御技術を兼ね備えた者は極めて稀です」
「その後、セレスティア嬢はライオネル公に対して厳しい言葉を投げかけられました。その様子は、むしろ部下の甘えを断罪する上司のようであり、情に流されることなく、彼が“悲劇の貴公子”を演じて自己陶酔している姿勢を鋭く見抜いておられました。『その自惚れた自尊心こそが愚かである』と――まさに核心を突いた言葉でした」
「その後、彼が“謝罪を述べたい”と我らが旅の馬車を引き止め、晩餐会への招待を申し出ましたが――」
「セレスティア嬢はそれを冷ややかに、しかし一切の余地なく、きっぱりと拒絶なさったのです。“あなたの謝罪のために時間を割く余裕は、あいにく、こちらにはございません”と」
報告を終えたサマイエルは、一礼して静かに列に戻る。室内には一瞬、静寂が訪れた。
陛下は顎に手を当て、ふむ……と低く唸り、椅子の肘掛けを軽く叩いた。
「相変わらず……恐ろしく肝の据わった娘だな。だが、だからこそ――面白い」
その言葉の真意を問う間もなく、陛下は視線を向けた先にいたレオナとエリーナに声をかける。
「さて、今度は侍女として同行していた者たちの視点からも聞こうか。実際に傍に仕えた者でなければ気づけぬこともあるだろう」
報告はまだ続く。私自身、内心のざわつきを抱えながら、次なる言葉に耳を澄ませた――。
(※つづく)
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

見るに堪えない顔の存在しない王女として、家族に疎まれ続けていたのに私の幸せを願ってくれる人のおかげで、私は安心して笑顔になれます

珠宮さくら
恋愛
ローザンネ国の島国で生まれたアンネリース・ランメルス。彼女には、双子の片割れがいた。何もかも与えてもらえている片割れと何も与えられることのないアンネリース。 そんなアンネリースを育ててくれた乳母とその娘のおかげでローザンネ国で生きることができた。そうでなければ、彼女はとっくに死んでいた。 そんな時に別の国の王太子の婚約者として留学することになったのだが、その条件は仮面を付けた者だった。 ローザンネ国で仮面を付けた者は、見るに堪えない顔をしている証だが、他所の国では真逆に捉えられていた。

【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。

朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。 ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――

手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです

珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。 でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。 加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。

【完結】竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった

凛蓮月
恋愛
【感想をお寄せ頂きありがとうございました(*^^*)】  竜人のスオウと、酒場の看板娘のリーゼは仲睦まじい恋人同士だった。  竜人には一生かけて出会えるか分からないとされる番がいるが、二人は番では無かった。  だがそんな事関係無いくらいに誰から見ても愛し合う二人だったのだ。 ──ある日、スオウに番が現れるまでは。 全8話。 ※他サイトで同時公開しています。 ※カクヨム版より若干加筆修正し、ラストを変更しています。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

存在感と取り柄のない私のことを必要ないと思っている人は、母だけではないはずです。でも、兄たちに大事にされているのに気づきませんでした

珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれた5人兄弟の真ん中に生まれたルクレツィア・オルランディ。彼女は、存在感と取り柄がないことが悩みの女の子だった。 そんなルクレツィアを必要ないと思っているのは母だけで、父と他の兄弟姉妹は全くそんなことを思っていないのを勘違いして、すれ違い続けることになるとは、誰も思いもしなかった。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

処理中です...