今度は、私の番です。

宵森みなと

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第三十九話 支える者たちの名のもとに

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後方支援局――。
それは、たった一人の少女の提案から始まった、国を揺るがす新たな動きだった。
セレスティアが提出した構想案は、王命により内政局へ送られ、驚くほど早く、そして圧倒的な賛成多数によって可決された。正式に“設立”という言葉が発せられたとき、王宮内では、誰もが一瞬息を呑んだという。
それは、国の未来が確実に変わる予兆だった。
陛下自ら語った言葉は、明確だった。

「外交官が異国の地で困難に直面したとき、魔獣との戦いや有事に直面する軍部や騎士団が支援を求めたとき、即座に対応できる部署が必要なのだ。すぐに駆けつけることが叶わぬときほど、その存在が重要になる。これは、この国を“守るための備え”だ」

新設される後方支援局は、名目上は内政局直轄となるが、その活動範囲は国内に留まらない。情報支援、物資補給、魔法による支援物資の再現、地形の再構築、緊急避難路の生成、さらには戦場での簡易治療所の設置や通信補助……いわば、前線を陰から支える影の砦。
その設計と運営を託されたのは、まだ学園に在籍する少女――セレスティア=サフィールだった。
顧問には、軍務卿を退くハルシュタイン侯爵が就き、軍務卿の座はエスカルト伯爵に譲られることとなった。

「一からの創設だ、当然人も育てる。新規採用を募り、試験制度も作る。来月を目処に草案の第一次提出。それが国王陛下からの指示だ」

その知らせを受けた日、セレスティアは心の中でこう呟いた。
――はやっ……!
まだ構想を口にしてから数日しか経っていない。にもかかわらず、話はもう決裁を経て、正式な部署名にまで及んでいるというのだから。
その日、学園の授業を終えて門を出ようとしたとき、待ち受けていたのは黒い礼装姿の人物。ハルシュタイン侯爵だった。

「やあ、迎えに来たぞ。これから王城だ。構想の詳細を話して欲しいそうだ。――ああ、陛下からの要請だ」
まるで茶飲みに誘うような気軽な言い方に、セレスティアは肩を落とした。

「……構想って……まだ、整理もしてないのに」
「まぁ、そう言うな。口頭でざっくりで構わんらしい。陛下のことだ、どうせ“即興で語る者のほうが信念が透けて見える”とか言うのだろうさ」
王城に着き、執務室に通されると、そこにいたのは国王陛下、ハルシュタイン侯爵、そして――見知った顔だった。

エリオット、エリック、サマイエル、レオナ、エリーナ。
思わず目を丸くするセレスティアを前に、陛下は淡く微笑んで言った。
「すべて知っている者たちだ。形式ばった挨拶は不要だろう」
気まずさと驚きが入り混じったような空気のなか、セレスティアは自ら口を開いた。
「……まぁ、いくつかの場面で“この人、騎士団の人だな”とか、“陛下がつけたのね”とか……気づいてましたよ。連れ去られる危険性もある旅に出してくださった以上、何の手も打たれてないわけがないと」
それに対し、陛下は「案外察しが早い」と冗談めかしながら頷き、話題は本題へと移った。
セレスティアが口火を切る前に、先に動いたのはエリオットだった。
「後方支援局……自分も、ぜひその一員として働かせていただきたいと願っております」
彼の後に続くように、エリック、サマイエル、レオナ、エリーナの4人も同じように名乗り出た。
この場にいる全員が、セレスティアと旅を共にした者たち。だからこそ、この支援局に本当の意味を見出していた。
セレスティアは嬉しさを押し殺しながら、静かに陛下へ視線を移した。

「ただ、後方支援局が本格始動するのは、まだ先になります。わたし自身が学園を飛び級で卒業する予定ですので、運用開始は一年半後を目指しています。それまでは準備期間。制度設計や人員の選定、拠点の整備などを進めていくつもりです」
陛下は頷きながら「近衛の戦力に負担がないか、改めて各団と相談するように」と言葉を添えた。

「では、構想を簡潔に」
セレスティアは呼吸を整え、語り始めた。
「後方支援局は、前線に出られない人間でも“国のためにできることがある”と証明する場です。創造魔法による物資再現や地形構築だけでなく、情報分析、戦場記録の保存、通信網の整理や修復、負傷者の後送体制の整備まで含めるつもりです」
「一方で、“支援局は前に出ない”という認識が広がれば、かえって士気が下がる要因にもなり得ます。ですので、派遣部隊とは別に“現地出張班”を育成します。魔力量や判断力に長けた者が現場に出向く機動班です」
「また、魔法の使い手に限らず、医療、建築、記録、戦術補佐といった非戦闘分野の才能も募集します。支える人を支える機関――それが、わたしの思う後方支援局の理想です」

その言葉に、室内は静まり返った。

しばしの沈黙の後、ハルシュタイン侯爵がぽつりと呟く。
「……“支える者を支える”か。ずいぶん深いところを見ておるのう」

 その時――。

空気を読まずに思わず口から飛び出したのは、やはりこの男だった。
「侯爵に“はじめてもらった”って話……どういう意味だ?」
エリオットの声が部屋に響いた瞬間、全員が固まった。

「……は?」
セレスティアがエリオットを見る。

そして、皆の視線が一斉にハルシュタイン侯爵へと向く。

「そういえばこの前、報告の場でぽろっと言ってしまったんだよ。“初めての口付けをしたこと”をな」

……沈黙。

沈黙。

「じじい、いやらし言い方すんなってば!!!あれはっ、人命救助だったでしょ!?本当のファーストキスは別にあるから!あれはノーカウントなの!!!」
とセレスティアが顔を真っ赤にして叫ぶ。

「だが、お主は“大切に思うから救いたいと思った相手”だと言ったぞ? あれは嘘だったのかぁ~~~」と、ハルシュタイン侯爵が“ウソ泣き”を披露する始末。

セレスティアは眉間を押さえながら叫んだ。
「“大切”って、恋愛感情の“大切”じゃなくて!親愛の大切!陛下やナイラや、セリーヌ侯爵だって倒れてたら迷わず口付けするわよ!同じことするわよ!」
そのとき、ようやくエリオットが冷静に問いかけた。

「……っていうか、なんで口づけしないと助からないの?どういう原理だ?」
セレスティアは、ふぅ……と深い息を吐いて答えた。
「……前世の知識なのよ。人工呼吸っていうのがあってね。止まった呼吸を……まあ、AEDっていう機械をとっさに作って出したんだけど、それとマッサージとと口づけで救助したのよ……」

「……前世?」と誰かが聞き返す。

「うん、まぁ詳しいことはそのうち話すけど、私そういうのがちょっとあるの」
話は急激にスピリチュアル方向に逸れかけたが、今後一緒に働く予定の人間たちに、ある程度は伝えておく必要があるだろう。

だからこそ、笑いも混じるこの会話が、自然な始まりになったのかもしれない。
未来を陰から支える者たちの物語が、今、幕を上げた。
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