枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!

宵森みなと

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プロローグ:『転生ですか…』

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門をくぐった瞬間だった。
 眩しいほどに晴れ渡った空と、荘厳な王立学園の正門。その石畳を一歩、靴音を鳴らした瞬間、頭の奥にひどく冷たいものが流れ込んできた。

 視界がぐらりと揺れ、次いで胸が締めつけられるように苦しくなる。けれど、それは痛みではなかった。
 脳裏に、何かが洪水のように押し寄せてくる——
 違う、これは……記憶。

「え……?」

 呟いた声が自分のものとは思えなかった。

 満員電車。コンビニ弁当。パソコン画面の青白い光。
 繁華街の雑踏、カフェの香ばしい匂い。マスクと咳と、冷えきった独身アパートの風景。
 そして、二十五歳の私——リーマン生活の末、熱をこじらせて肺炎で、そのまま……。

 思い出した。
 ……前世、死んでるじゃないの私。

 けれど一番ショックだったのは、死んだことじゃなかった。
 “推し”を見届けられなかったことだ。

 推しと言っても、十代の王子様じゃない。アイドルでもなければ、若手俳優でもない。
 私の好みは決まっていた。枯れた大人の色香を纏う、四十代以上のイケおじ。渋い声に、皺の刻まれた眼差し。強い背中と不器用な優しさ。
 そう、世にいう“枯れ専”である。

 ——それなのに。
 なんで今世、私は「伯爵令嬢」なんかになってるのよ!

 エルバーデ伯爵家の末娘、クラリス。
 兄ふたりに溺愛され、両親は恋愛結婚至上主義。
 鏡を見れば、金の髪、透き通る紫の瞳、細身でスラリとした体躯。誰がどう見ても「儚げな美人」枠。

 いや、確かに美人であることに文句はない。ありがたい話だ。
 いや、問題はそこじゃない。

「……これって、よくある“乙女ゲームの世界”とかじゃない……よね?」


 そう。門をくぐる直前までは、自分が“この世界の住人”だった。
 だが、前世を思い出してしまった。ゲームの名前も、ストーリーも、キャラの設定も……全く知らない。
 つまり、悪役でもヒロインでもない?
 じゃあ私、モブってこと?モブで良くない?

 よし、それならそれで。平穏に静かに生きましょう。
 下手に王子に絡んだら、死亡フラグが立つなんて話も聞いたことがあるし。

 そんな決意を胸に、私——もといクラリスは、王立学園の入学式会場へと歩を進める。
 入学式が行われるのは、中央講堂。天井が高く、壁には各属性の魔法紋が刻まれている。


「ご入学、おめでとうございます」

 受付に立つ教師が、私の名を確認し、所属クラスの札を手渡す。『1-A』と記された札を受け取って、私は再び心の中で唱える。

 モブ、モブ、モブ。私はモブ。目立たない、関わらない、波風立てない。


 周囲を見渡せば、煌びやかな衣装の貴族の子女たちが、華やかな笑顔で談笑していた。
 その中に、噂に名高い“第二王子”の姿もあった。美しく整った金髪と碧眼、優雅な立ち居振る舞い。
 ——近寄らない。絶対に近寄らない。危険!注意!


 講堂での開式。祝辞。理事長の長い話。うとうとしかけた頃、ようやくクラスごとに分かれる時間がやってきた。私は1-Aクラスの列に並び、流れるように教室へ案内される。


「——クラリス・フォン・エルバーデ。1-A所属。魔法属性は水と、……光、かな」

 担当教師が名簿を確認する。魔法属性は、入学前に受けた簡易検査によるものだ。
 水属性はエルバーデ家の血統らしく、私も穏やかな水魔法には相性が良い。光属性はおまけのようなもの。とにかく“普通”であれば良い。

「2位……? 入学試験の成績……?」

 教師が小さく呟いたのが聞こえた。

 え、何の話?
 

「……まぁ、王子殿下に次いでの成績だ。立派なものだ」

 ……いやいやいや、ちょっと待って?
 それ、目立つやつじゃない!?
 なんでなの!? 私、モブって決めたじゃないの!

 そしてそのまま、教師が紹介してしまった。

「エルバーデ令嬢は、王子殿下に次ぐ成績を収められた優秀な生徒だ。皆、模範にするように」

 空気が、変わる。周囲の視線が、痛い。
 わぁ、やだ……あぁ……乙女ゲーム世界あるあるのフラグが立ってる音がする……!

 入学初日。前世を思い出し、モブになろうと決めた女の未来は、静かに狂い始めた。
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