2 / 54
第1話 モブとして静かに暮らすはずが…
しおりを挟む
教室に案内されると、すでに何人かの生徒たちが席に着いていた。華やかなドレス、整った制服姿。皆一様に品があり、さすがは王立学園といったところだ。
私は静かに礼をしてから、自分の席に腰を下ろした。窓際。日差しの入り方が穏やかで、すこしうとうとしてしまいそうな心地よさ。
「クラリス・エルバーデ様……ですよね?」
隣の席の少女が、柔らかい声で話しかけてくる。顔を向けると、明るい茶髪を緩く結った可愛らしい印象の令嬢だった。
「ええ。クラリスとお呼びくださいませ。わたくしも、お名前をうかがっても?」
「はいっ、私はセリーヌ・アドラーと申します。男爵家の三女です。お見知りおきいただけたら、嬉しいです!」
「ふふ、こちらこそよろしくお願いいたしますね」
にこりと微笑むと、セリーヌ嬢は安心したように頬を緩めた。どうやら初日で緊張していたらしい。
よしよし。これで“おっとりした優しげな伯爵令嬢”という印象はひとまずクリア。中身は、異世界転生して枯れ専まっしぐらのモブだけどね。
入学初日ということもあり、教室内はまだ硬い空気が流れていた。けれど、誰かが話し始めると、少しずつ会話の輪ができていく。
「エルバーデ令嬢、入学試験では第二位だったとか……すごいですね」
「まあ……偶然ですわ。運よく出題が得意な分野に偏っていただけなのです」
控えめに微笑んでおけばよい。実際、前世での試験慣れがものを言っただけだし、魔法に関してはまだ自分でも把握しきれていない。
それに、こうして話しかけてくれるのはありがたい。表面上の会話でも、敵を作らないことが最重要。だってこの世界、いつ乙女ゲーム展開が来るかわからないもの。
なのに——
「本当に……静かで綺麗でいらっしゃる。まるで……」
「……え?」
「いえ、失礼しました。儚げなお姿が、まるで詩の中の姫君のようで……」
おおぅ。前世の私が聞いたら転げ回って笑うセリフだわ。それでも顔には出さず、「まあ……光栄ですわ」と返しておいた。
他の生徒たちも、徐々に私の周囲に打ち解けはじめ、昼休みには自然と数人で食事を共にしていた。なんだかんだで、悪くない初日。皆お育ちが良いのか、変に突っかかってくる子もいない。逆ハーレムも婚約破棄も、今のところ見当たらない。
「クラリス様、こちらのお菓子、母が持たせてくれたんです。よければ……」
「まあ、ありがとうございます。とても嬉しいわ」
あらあら、なんだかこのまま穏やかに、誰とも争わず過ごせそうな気がしてきた。
そうよ、きっとこの世界、転生はしたけれどゲーム世界ではないのよ。ざまぁ展開もヒロインもなく、婚約破棄イベントもない平和な世界……そう、モブとして静かに推しを探すにはちょうど良い。
ちらりと、廊下の先に立つ騎士見習いの護衛の青年が目に入った。……うーん、若い。惜しい。筋肉はあるけど若い。やっぱり“枯れ”の味わいがないとね……。
ぼんやりそんなことを考えていたら、また周囲から「憂いを帯びた眼差しが美しい」とか「学園に現れた麗人」なんて囁かれていた。
え、ちょっと待って。内心、おじ様成分を脳内チェックしてただけなんだけど。
まぁ、いいわ。美人は得、ということにしておきましょう。
“モブ”のはずの学園生活、意外と……居心地が良いかもしれない。
私は静かに礼をしてから、自分の席に腰を下ろした。窓際。日差しの入り方が穏やかで、すこしうとうとしてしまいそうな心地よさ。
「クラリス・エルバーデ様……ですよね?」
隣の席の少女が、柔らかい声で話しかけてくる。顔を向けると、明るい茶髪を緩く結った可愛らしい印象の令嬢だった。
「ええ。クラリスとお呼びくださいませ。わたくしも、お名前をうかがっても?」
「はいっ、私はセリーヌ・アドラーと申します。男爵家の三女です。お見知りおきいただけたら、嬉しいです!」
「ふふ、こちらこそよろしくお願いいたしますね」
にこりと微笑むと、セリーヌ嬢は安心したように頬を緩めた。どうやら初日で緊張していたらしい。
よしよし。これで“おっとりした優しげな伯爵令嬢”という印象はひとまずクリア。中身は、異世界転生して枯れ専まっしぐらのモブだけどね。
入学初日ということもあり、教室内はまだ硬い空気が流れていた。けれど、誰かが話し始めると、少しずつ会話の輪ができていく。
「エルバーデ令嬢、入学試験では第二位だったとか……すごいですね」
「まあ……偶然ですわ。運よく出題が得意な分野に偏っていただけなのです」
控えめに微笑んでおけばよい。実際、前世での試験慣れがものを言っただけだし、魔法に関してはまだ自分でも把握しきれていない。
それに、こうして話しかけてくれるのはありがたい。表面上の会話でも、敵を作らないことが最重要。だってこの世界、いつ乙女ゲーム展開が来るかわからないもの。
なのに——
「本当に……静かで綺麗でいらっしゃる。まるで……」
「……え?」
「いえ、失礼しました。儚げなお姿が、まるで詩の中の姫君のようで……」
おおぅ。前世の私が聞いたら転げ回って笑うセリフだわ。それでも顔には出さず、「まあ……光栄ですわ」と返しておいた。
他の生徒たちも、徐々に私の周囲に打ち解けはじめ、昼休みには自然と数人で食事を共にしていた。なんだかんだで、悪くない初日。皆お育ちが良いのか、変に突っかかってくる子もいない。逆ハーレムも婚約破棄も、今のところ見当たらない。
「クラリス様、こちらのお菓子、母が持たせてくれたんです。よければ……」
「まあ、ありがとうございます。とても嬉しいわ」
あらあら、なんだかこのまま穏やかに、誰とも争わず過ごせそうな気がしてきた。
そうよ、きっとこの世界、転生はしたけれどゲーム世界ではないのよ。ざまぁ展開もヒロインもなく、婚約破棄イベントもない平和な世界……そう、モブとして静かに推しを探すにはちょうど良い。
ちらりと、廊下の先に立つ騎士見習いの護衛の青年が目に入った。……うーん、若い。惜しい。筋肉はあるけど若い。やっぱり“枯れ”の味わいがないとね……。
ぼんやりそんなことを考えていたら、また周囲から「憂いを帯びた眼差しが美しい」とか「学園に現れた麗人」なんて囁かれていた。
え、ちょっと待って。内心、おじ様成分を脳内チェックしてただけなんだけど。
まぁ、いいわ。美人は得、ということにしておきましょう。
“モブ”のはずの学園生活、意外と……居心地が良いかもしれない。
1,328
あなたにおすすめの小説
断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…
甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。
身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。
だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!?
利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。
周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…
【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています
22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。
誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。
そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。
(殿下は私に興味なんてないはず……)
結婚前はそう思っていたのに――
「リリア、寒くないか?」
「……え?」
「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」
冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!?
それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。
「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」
「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」
(ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?)
結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』
ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。
現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。
公爵夫人の気ままな家出冒険記〜「自由」を真に受けた妻を、夫は今日も追いかける〜
平山和人
恋愛
王国宰相の地位を持つ公爵ルカと結婚して五年。元子爵令嬢のフィリアは、多忙な夫の言葉「君は自由に生きていい」を真に受け、家事に専々と引きこもる生活を卒業し、突如として身一つで冒険者になることを決意する。
レベル1の治癒士として街のギルドに登録し、初めての冒険に胸を躍らせるフィリアだったが、その背後では、妻の「自由」が離婚と誤解したルカが激怒。「私から逃げられると思うな!」と誤解と執着にまみれた激情を露わにし、国政を放り出し、精鋭を率いて妻を連れ戻すための追跡を開始する。
冒険者として順調に(時に波乱万丈に)依頼をこなすフィリアと、彼女が起こした騒動の後始末をしつつ、鬼のような形相で迫るルカ。これは、「自由」を巡る夫婦のすれ違いを描いた、異世界溺愛追跡ファンタジーである。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる