32 / 54
第三十一話 君のいない未来
しおりを挟む
三家族が一堂に会する場面は、穏やかな雰囲気に包まれていた。親睦を深める会話や、未来についてのささやかな希望が交わされるなか、予想外の人物が迎賓室の扉を開けた。
アレクサンダー王——この場に現れるとは誰も思っておらず、瞬時に空気が張り詰める。居並ぶ家族たちは一斉に立ち上がり、深々と頭を垂れてその到来を迎えた。
だが、王は手を軽く振り、「挨拶は不要だ、皆、頭を上げて座るがよい」と穏やかに促した。気さくな声音ではあったが、その背にまとった威圧感は王たる者のそれであり、誰もが無言で従った。
「さて――本日は、王命に関して、皆に直接説明すべきことがあると考えて参った」
王の言葉に、場の空気はさらに引き締まる。
「これからお話しする内容は、国家機密に該当する。したがって、ここにいる全員には守秘義務が課され、正式な機密契約に署名してもらうことになる」
真剣な眼差しで一人ひとりを見渡しながら、王は言葉を続けた。
「皆には、クラリス嬢が全属性を有しているという“公の理由”をもって、国家としての価値が高く、ゆえに保護と次代への継承を目的とした婚姻であると伝えている。だが、それはあくまで建前だ」
王の声音はわずかに低く、重くなった。
「実のところ、全属性の魔力を持つ者は、王家あるいはその血族に嫁ぐのが古来よりの慣習だ。ゆえに、イザークとの婚約は許さなかった。だが――クラリス嬢は、もし自らが王家に嫁ぐこととなれば、その日のうちに命を絶つと宣言したのだ」
言葉を飲み込むように、誰もが息を詰めた。
「このままでは、魔法師団長であるイザークとの縁も断たれ、さらに騎士団との連携も断絶しかねない。そうした理由から、クラリス嬢には“両家の妻”となるよう、つまりイザークとライナルト、両名との婚姻を命じたのだ。……もちろん、ライナルトの恋煩いを助けたい気持ちであったのも否定はしないが」
そう冗談めかした一言に、わずかながらも場には苦笑が広がった。
「ここからが最も重要な機密事項だ。クラリス嬢は、ただの治癒ではなく、“完全回復魔法”を行使できる。失われた手足すら、まるで新たに造るように再生することができる。その力が他国に漏れればどうなるか、想像に難くない。彼女は即座に拉致され、力を搾り取られるか、利用されるだろう。国にとっても、本人にとっても、極めて危険だ」
それゆえ、王は断を下したという。
「この能力を外に知らしめぬため、クラリス嬢の魔法訓練は今後すべて王城内にて、専属の者が行う。治癒もまた、王直属の管理下に置く。学園に通うことは、あまりに多くのリスクを孕むのだ。ゆえに、半年以内に飛び級で卒業させ、その後は宰相の下で国家業務に就くことになる」
三家族は、婚姻が王命であることや、全属性の話までは聞いていた。しかし、その背後に隠された事情の重さまでは知り得なかった。その場にいる者すべてが、知らされていた真実以上に深く重たいものを感じていた。
「クラリス嬢、何か家族に伝えたいことはあるか?」
王にそう問われたクラリスは、静かに息を吐き、目を閉じてから口を開いた。
「……皆様。わたくし一人のことで、三家族をこのような状況に巻き込んでしまい、申し訳なく思っております。ですが、わたくしは自分の選択を後悔しておりません。……いえ、たった一つだけ後悔がございました」
その瞳には、どこか遠くを見つめるような陰りがあった。
「あの日、完全回復魔法を行った際、最初に助けたのはゼノン騎士様の目だけでした。もし、未来がこうなると知っていたなら――重傷棟にいた皆さま全員を回復させた後で、報告が伝わればよかったと……今ではそう思っています」
言葉を終えると、クラリスはゆっくりと立ち上がり、深々とカーテシーをした。
「陛下におかれましては、このように寛大なる王命を賜りましたこと、心より感謝申し上げます。陛下の御声ひとつで失われかけた命を、救っていただきました。その恩は、決して忘れません」
その姿に、王もまた静かに目を細めた。
この一連の出来事を通じて、周囲の者たちはようやく気づき始めていた。クラリスという少女が、ただの“奇跡の力を持つ者”ではなく、文字通り“両刃の剣”として扱われる存在であることを。
そして、それゆえに彼女を愛する者たちは皆、彼女の未来がいつ、どう消えるかもしれないという恐れを抱いていたのだ。
イザークが、なぜあの日、クラリスのいない未来におびえたのか。今、三家族もまた、その恐れを共有していた――クラリスの存在が、この先も変わらず在るとは、誰も断言できないという現実に。
アレクサンダー王——この場に現れるとは誰も思っておらず、瞬時に空気が張り詰める。居並ぶ家族たちは一斉に立ち上がり、深々と頭を垂れてその到来を迎えた。
だが、王は手を軽く振り、「挨拶は不要だ、皆、頭を上げて座るがよい」と穏やかに促した。気さくな声音ではあったが、その背にまとった威圧感は王たる者のそれであり、誰もが無言で従った。
「さて――本日は、王命に関して、皆に直接説明すべきことがあると考えて参った」
王の言葉に、場の空気はさらに引き締まる。
「これからお話しする内容は、国家機密に該当する。したがって、ここにいる全員には守秘義務が課され、正式な機密契約に署名してもらうことになる」
真剣な眼差しで一人ひとりを見渡しながら、王は言葉を続けた。
「皆には、クラリス嬢が全属性を有しているという“公の理由”をもって、国家としての価値が高く、ゆえに保護と次代への継承を目的とした婚姻であると伝えている。だが、それはあくまで建前だ」
王の声音はわずかに低く、重くなった。
「実のところ、全属性の魔力を持つ者は、王家あるいはその血族に嫁ぐのが古来よりの慣習だ。ゆえに、イザークとの婚約は許さなかった。だが――クラリス嬢は、もし自らが王家に嫁ぐこととなれば、その日のうちに命を絶つと宣言したのだ」
言葉を飲み込むように、誰もが息を詰めた。
「このままでは、魔法師団長であるイザークとの縁も断たれ、さらに騎士団との連携も断絶しかねない。そうした理由から、クラリス嬢には“両家の妻”となるよう、つまりイザークとライナルト、両名との婚姻を命じたのだ。……もちろん、ライナルトの恋煩いを助けたい気持ちであったのも否定はしないが」
そう冗談めかした一言に、わずかながらも場には苦笑が広がった。
「ここからが最も重要な機密事項だ。クラリス嬢は、ただの治癒ではなく、“完全回復魔法”を行使できる。失われた手足すら、まるで新たに造るように再生することができる。その力が他国に漏れればどうなるか、想像に難くない。彼女は即座に拉致され、力を搾り取られるか、利用されるだろう。国にとっても、本人にとっても、極めて危険だ」
それゆえ、王は断を下したという。
「この能力を外に知らしめぬため、クラリス嬢の魔法訓練は今後すべて王城内にて、専属の者が行う。治癒もまた、王直属の管理下に置く。学園に通うことは、あまりに多くのリスクを孕むのだ。ゆえに、半年以内に飛び級で卒業させ、その後は宰相の下で国家業務に就くことになる」
三家族は、婚姻が王命であることや、全属性の話までは聞いていた。しかし、その背後に隠された事情の重さまでは知り得なかった。その場にいる者すべてが、知らされていた真実以上に深く重たいものを感じていた。
「クラリス嬢、何か家族に伝えたいことはあるか?」
王にそう問われたクラリスは、静かに息を吐き、目を閉じてから口を開いた。
「……皆様。わたくし一人のことで、三家族をこのような状況に巻き込んでしまい、申し訳なく思っております。ですが、わたくしは自分の選択を後悔しておりません。……いえ、たった一つだけ後悔がございました」
その瞳には、どこか遠くを見つめるような陰りがあった。
「あの日、完全回復魔法を行った際、最初に助けたのはゼノン騎士様の目だけでした。もし、未来がこうなると知っていたなら――重傷棟にいた皆さま全員を回復させた後で、報告が伝わればよかったと……今ではそう思っています」
言葉を終えると、クラリスはゆっくりと立ち上がり、深々とカーテシーをした。
「陛下におかれましては、このように寛大なる王命を賜りましたこと、心より感謝申し上げます。陛下の御声ひとつで失われかけた命を、救っていただきました。その恩は、決して忘れません」
その姿に、王もまた静かに目を細めた。
この一連の出来事を通じて、周囲の者たちはようやく気づき始めていた。クラリスという少女が、ただの“奇跡の力を持つ者”ではなく、文字通り“両刃の剣”として扱われる存在であることを。
そして、それゆえに彼女を愛する者たちは皆、彼女の未来がいつ、どう消えるかもしれないという恐れを抱いていたのだ。
イザークが、なぜあの日、クラリスのいない未来におびえたのか。今、三家族もまた、その恐れを共有していた――クラリスの存在が、この先も変わらず在るとは、誰も断言できないという現実に。
959
あなたにおすすめの小説
断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…
甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。
身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。
だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!?
利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。
周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。
なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。
普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。
それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。
そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。
【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています
22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。
誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。
そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。
(殿下は私に興味なんてないはず……)
結婚前はそう思っていたのに――
「リリア、寒くないか?」
「……え?」
「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」
冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!?
それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。
「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」
「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」
(ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?)
結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。
ねーさん
恋愛
あ、私、悪役令嬢だ。
クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。
気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…
余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした
ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。
しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義!
そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。
「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる