枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!

宵森みなと

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第三十九話 働き方改革

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王城での勤務が始まって三日目――。まだ慣れないことばかりではあったが、クラリスは着実に王城内での仕事に馴染み始めていた。

とはいえ、驚くべきはその“馴染み方”だった。いや、正確に言うならば“順応力”というべきか。

初日からクラリスが見せた“無意識の前世スキル”は、周囲の者たちを静かにざわつかせていた。

「この様式……内容はともかく、書き方が部署ごとにまったく違うのが気になりますね……」

ふと呟いたその一言から始まった。

報告書や稟議書、申請書など、あらゆる書類がそれぞれの課ごとに形式も字体もばらばらで、見るたびに読みづらさを感じていたクラリスは、ごく自然に、ひとつの提案を口にしていた。

「せめて、日付・発信者・宛先の位置だけでも統一されていれば、確認時間が半分に減るのでは……と」

周囲の文官たちは一瞬きょとんとしていたが、試しにクラリスが示した“統一フォーマット案”を見せると、誰も何も言えなくなっていた。

書き出しから段落分け、注意点の赤字挿入の位置、署名欄まで――あまりにも的確で整然とした形式だったからだ。

「……あの、どこで、こういった文書管理を……?」

「昔、似たような仕事をしておりましたので」

そう返しながら、クラリスは机の引き出しから“前もって準備していた伝言メモパッド”をそっと取り出した。小さなふせん型のメモには、「至急/要確認」「回覧後返却」などの簡潔なフレーズが印刷されていて、それをサッと書類に貼って分類していく様子は、もはや小さな事務処理の達人そのものだった。

さらに極めつけは、“紙束をまとめるクリップ”。これもまた、前世で愛用していたアイテムを元に、鍛冶職人に依頼して作っておいたオリジナル品。小さな金属の輪に、家紋の刻印入りというオマケ付きである。

「……女伯爵、準備が良すぎるのでは……?」

周囲の文官たちは目を見開きながらも、感心を隠せなかった。
記録の取り方も自然で、上司の話を聞く際にはさりげなくメモを取り、要点をまとめるのも上手い。どこか庶務のプロのような佇まいに、誰もが「できる人だ……」と密かに囁きあっていた。

そんなある日、午前の仕事が終わると同時に、イザークとライナルトが連れ立ってクラリスの執務室を訪れた。

「一緒に昼を食べようと思ってな」

「初週くらいは毎日付き合う。……異論は?」

「もちろん、ありませんわ」

微笑むと、三人は王城中庭の奥にある静かな食堂の個室に案内された。王族や高官用に用意された空間で、穏やかな光が差し込むテラス席がある。小鳥のさえずりと、遠くで鳴る噴水の音が心地よく響く。

「クラリス、今朝の書類の処理、俺の部下が“過去一わかりやすかった”って言ってた」

「ほんと? よかったわ。伝言メモって便利なのよ。色分けもしておくと、目で見ただけで優先順位が分かるの」

「……君、もしかして王城に革命を起こそうとしてる?」

クラリスがスープを口に運びながら笑うと、イザークとライナルトも、少しだけ肩の力を抜いたように微笑んだ。

そのときだった。控えの扉がノックされ、食堂係が頭を下げながら小声で告げた。

「陛下がお見えです」

「……え?」

思わずスープを置きかけたクラリスの前に、あの飄々とした笑みを浮かべたアレクサンダー王が現れた。

「昼に来たらいるかと思ってな。お前たち、よく食べてるな。……ああ、気にするな。ちょっと様子を見に来ただけだ」

そう言いながら、王はクラリスの向かいに当然のように腰を下ろし、テーブルに置かれたサラダをつまんだ。

「……で、どうだ。セラフィナ伯爵としての初動は?」

「はい。まだ全体像は掴みきれておりませんが、皆さまに支えていただいております。書類も、少し整理の方向を見直す提案をさせていただきました」

「うむ。耳には届いておる。“仕事が早い”と。……あの宰相が、だ」

「あの……陛下、まさか……マークレン様が褒めて?」

「いや。言葉にはしていなかったが、眉が一ミリだけ動いた。あれは“感心している”印だ。間違いない」

思わず笑いそうになってしまい、慌てて口を押さえた。

イザークが苦笑し、ライナルトは「分かる」と小さく頷いた。

「明日からも、しばらく様子を見せてもらうぞ。あまり無理はするなよ。何かあれば、俺かマークレンに言え。特に無理は禁物だ。……それじゃ、邪魔したな」

王は軽やかに立ち上がると、誰も止める暇もなく食堂をあとにした。

残された三人は、しばし無言のまま顔を見合わせ――やがて、ほっと息をついて笑い合った。

「……昼休みが、すごく濃かったわ」

「君が優秀すぎて目立つせいだ」

「これからは“王の来訪もあるランチタイム”だな」

けれどその視線の奥には、確かな信頼と誇りがあった。
王城の中で、少しずつ“自分の居場所”が築かれていく実感。それはクラリスにとって、何にも代えがたい喜びだった。
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