とある魔女の後悔

宵森みなと

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第2話  “妹”は仮面の奥で笑う

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孤児院から引き取られたのが、7歳。
訓練施設から逃げ出したのが、12歳。
脚本家ライラとして世を渡り歩いたのは、たった2年間だけ。
再び施設に戻されて、14歳。
そして、今——彼女は18歳になった。

名前も、居場所も、すべてが変わった。
けれど、本質だけはひっそりと残ったまま、息を潜めている。

「お前は今日から“アリスティア”だ。俺の妹という設定だが……わかってるな?」

「了解しました、“お兄様”」

口ではそう返しながらも、内心ではツッコミが止まらなかった。
(いやいやいや、どう見ても血の繋がりゼロでしょ。ついでに性格も真逆なんですけど)

* * *

アリスティアとして“生き直す”ことになった日から、彼女の生活は一変した。

貴族令嬢としての立ち居振る舞い、礼儀作法、語彙の選び方に至るまで——
教え込まれたのは、教養という名の戦術。
視線ひとつ、笑みひとつ、すべてが任務に繋がる。
もちろん、その指導役は抜かりない。

義母となったエリナと、侍女長マリア。
この二人の仕上げスピードは尋常じゃない。

「アリスティア。扇子は、こう持って。そう、“品”の中に、“拒絶”を滲ませて」

「言葉遣いがまだ“庶民”よ。貴族は“断る”時ほど、優雅に微笑むの」

——ああもう、前世でこんな厳しい先輩いたっけ?と何度思ったか。

それでもアリスティアは食らいついた。
何故なら、これは“自由”のための仕事だから。

そう自分に言い聞かせてきた。
なのに——

「……は?」

義父・カイザルと、兄役・カインの口から告げられた任務に、アリスティアは素で固まった。

「任務として命ずる。ガニエル=ランベルクの元へ、“サナリア”として嫁げ。情報収集だ」

耳を疑った。
結婚?任務? 処女で?

「……あの、わたくし。閨のお勉強、まだ受けておりませんが……これから、入るのでしょうか?」

一瞬の静寂のあと、カインとカイザルが、そろって頭を抱えた。

「……いらん」

「任務に閨は含まない。決して、関係を持つな」

「……了解しました」

アリスティアは、まっすぐ姿勢を正して返事をした。
だが内心では(いやいや、そっちが命じて嫁げって言ったのに、閨ダメとか意味分かんないから)と全力で詰めていた。

——誘惑して、枕で情報引き出す的なアレじゃないの?

前世のドラマの見すぎだったか。

* * *

疑問は尽きない。なら、実際に聞いてしまえと、義母と侍女長に問いかけてみた。

「エリナ様、マリア。わたくし、ほんとに閨なしでいいんでしょうか?」

二人は顔を見合わせて、くすくすと笑った。

「旦那様がそうお決めになったのだから、アリスティアは“閨なし”で聞き出すのよ」

「ええ、つまり——難易度が跳ね上がったってことですわね」

どこか楽しそうに笑う二人に、アリスティアは無言で膝に手を置いた。
(こっちが笑えないわ)

結果——“閨を使わずに男を操る技術”を学ぶため、
上流階級御用達の高級娼館に通うことになった。もちろん変装付きで。

ここは時折、王家の情報収集にも協力している場所。
娼婦とはいえ、一流の話術と所作を持ったプロの女性たちだ。

「いらっしゃいませ、お嬢様。ご指導、させていただきますね」

アリスティアは真剣そのものだった。
扇子の扱い方、腰の動かし方、睫毛の落とし方。
ひとつひとつに集中し、習得していく。

「あと、後学のために、閨のことも教えていただけると助かるのですが」

——と、ついでにお願いしてみたところ、返ってきたのは苦笑混じりの断り。

「申し訳ありませんわ、お嬢様。それを教えたら、私たち……部隊長と統括に殺されてしまいますの」

「……はっ、なるほど。処女の初々しさが損なわれるからですわね?」

アリスティアが真顔で納得すると、娼婦のお姉さまたちは腹を抱えて笑った。

「ふふっ……あなた、本当に面白い方ね」

この頃にはもう、すっかり“演じる”ことが板についていた。でも時々、ふと、こう思う。

——今のわたしは、誰なんだろう。

エルでも、ライラでも、アリスティアでもない、
“仮面の奥にいる何者か”が、時折、自分に問いかけてくる気がした。

でも、任務は待ってくれない。

ガニエル=ランベルク。
醜く太った金持ち男の傍で、今夜も笑顔を貼りつける。
——“サナリア”としての任務は、まだ始まったばかりだった。
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