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第2部
[36] 2部3章/4 「君が開ける扉の先に、希望があることを祈ろう。」
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【2部3章】
/4
12月31日。
夜の名残が空に残る早朝、冷気に包まれた一角。レジスタンスの本部は既に騒然としていた。
警察というより軍隊めいた作戦室には、戦闘班と戦術支援担当者が次々と席に着き、仏田寺の見取り図が配置されたディスプレイの前で、計画の概要が告げられていく。
空気は重く張り詰めていた。私語ひとつ交わされることはない。緊張。覚悟。そして今日という日が「全てを変える」と信じる、確信に近い感情。それらを肌に伝わる。部屋の片隅で座らされた緋馬は、居心地の悪さを隠すように背を丸めていた。
(……こんな映画みたいな場所に、俺、いていいのか?)
何度も内心、問いかけてしまう。
代わりにあの時の新座の声が、脳裏で何度も反響する。
「君は証人であり関係者であり当事者だ。出席してね」
重く、動かしがたい言葉だった。それに頷いてしまった自分を、少し恨む。
作戦は最終段階に入っていた。レジスタンスの幹部たちは、陵珊山にある超人類能力開発研究所──通称「機関」への突入を決定し、逮捕状を取得したこと、仏田寺の本堂と研究区画を含めた同時進行作戦を、今日まさに実行すると告げていた。
それは衝動でも、場当たり的な決断でもない。彼らが長きにわたって待ち望んだ「その時」だった。
「来たな」「ようやく……」「これでやっと動ける」
囁かれる声は、希望と怒りがないまぜになった熱を帯びている。
レジスタンスのリーダー・鶴瀬と呼ばれる男が、低く力強く言い放つ。
「対象施設は異常の発現地点であり、予測不能な危険を含む。しかしこれは、我々にとって千載一遇の機会だ。今日を逃せば、また多くの命が弄ばれることになる」
その言葉に、隊員たちは静かに頷いた。
淡々と作戦の経緯が説明されていく。語るのは新座。鶴瀬の従兄弟にして、緋馬をこの場に導いた男だ。
「そちらにいる高梨緋馬くんの証言により、仏田寺本堂と山麓を繋ぐ地下トンネルの存在が確認されました」
数人が、顔を上げた。
仏田寺は千年の歴史を持つ由緒ある古刹だ。その地下に現代的な搬入トンネルが存在するなど、これまで誰も確信を持ち得なかった。
「地元業者への聞き取り、および寺の外周構造との照合の結果、緋馬くんが目撃した搬入経路と一致する導線が、この旧管理道の突き当たり……石材業者の倉庫裏に位置すると推測されます」
新座の指先が地図の一角を指し示す。そこに赤いマーキングが灯る。
「また、我々に情報を提供していた高梨あずまさんの生命反応が最後に途絶えたのも、この地点に近い場所でした」
部屋の空気が変わった。
誰もがその言葉を逃すまいと耳を澄ませる中、視線の幾つかが、ちらと緋馬の方へ流れた。
義母、あずまの死。スパイ、あるいはエージェントとして動いていた彼女の喪失が、今は「情報」として活用されている。
頭では理解できている。戦いにおいては、死もまた戦果の一つになることを。だが胸は、痛んでいた。
「それらの情報をもとに、主力部隊は地下トンネルからの突入を行います。同時に本堂および研究区画への展開も開始します。本堂は僕──スウィフトが。研究区画は、上門ときわくんが担当です」
新座の声に迷いはない。静かで冷ややかだが、それは司令官としての理想的な態度だった。
仲間の死を悼む余白など、この場にはない。
新座にとって、あずまは戦友だった。だからこそ、その死を感情ではなく「戦略」として冷徹に扱うことで、弔いの代わりとしたのだ。
──偶然、仏田寺で出会った一人の少年の証言が、突破口となった。
──偶然、命を落とした一人の女性の消失地点が、戦術の鍵となった。
死と生が交差し重なり合う。誰かが死に、誰かが生き残った。その確かな事実がようやく形を持ち、ひとつの刃となって仏田寺へと向かおうとしていた。
作戦会議が終わり、張りつめた空気のまま人々が動き出す。緋馬は机に置いていたガラケーに、手を伸ばした。
不意に震え出した機械的なバイブ音が、強張っていた神経の隙間を撫でていく。
画面に浮かんだのは、寄居の名前だった。胸の奥にざわりと冷たい風が吹き込み、メール本文を開いた瞬間、呼吸が止まりかける。
「なんでウマ、勝手に帰ったの?」
その問いが来ることは、どこかで予感していた。けれどそれは全てが終わった後……命の確認と、儀式の後始末を終えてからの話だと思っていた。
次いで、追撃のように新たな文が届く。
「まさか全部中止とか何か大事件でも起きたわけ? うちだって食事とか酒とか花の手配、年末までやってたんだからキャンセルは困るんだけど。親父は仕方ないよって言ってるけどさ」
軽い。冗談のような現実が、緋馬の心臓に直接打ち込まれる。
──全部、中止?
思考が空転し、脳が理解するのに時間がかかった。
(そんなこと、今までの世界では一度もなかった。俺がどれだけ足掻いても……)
何度も繰り返してきた12月31日。どれほど抗っても納骨式は必ず執り行われ、儀式は始まり、あの化け物が現れる。大筋は決して変わらなかった。なのに今、式が行われない?
寄居のメールはただの愚痴だった。何も知らない平凡な年末の不満。しかしその普通こそが、緋馬にとっては最も恐ろしい異常となる。
(以前、会食が中止になったことはある……けど)
あれは緋馬が自殺未遂を起こし、それを偶然藤春に見られたからという奇跡が重なっての出来事だ。その奇跡と同等のものが起きているとしたら。
震える呼吸を押さえ込みながら、緋馬はガラケーのボタンを素早く押す。
「泊まってた人はもう帰ったの? 今日来る人は来ない?」
メッセージを送信する。
脳裏をよぎるのは、幾度も見た死の光景。列席者たちが逃げ場もなく喰われ、引き裂かれ、絶叫が散っていく地獄。
その未来が今度こそ回避されたのなら。着信の震えに肩を跳ねさせながら、緋馬は急いで画面を開いた。
「全部今日の予定キャンセルになったんだから無いって」
たった一行。
胸の奥がふわりとほどけ、込み上げてくる何かに顔が歪んだ。恐怖でも緊張でもない。安堵と歓喜だ。
(みんな帰った? 助けられた……? 死なずに済むかもしれない?)
震える指で、再びメッセージを打ち込む。
「寄居や住職さんも暇になったならさ。今日の大晦日、どっか出かけたら? 寺あけて。人いないなら気分転換にもなるし」
さりげない提案に見せかけて、その文は必死の祈りだ。
まだ寺に残っているかもしれない人たち……寄居も住職も、誰ひとりとして災厄の餌になりませんように。どうか少しでも遠ざかっていてほしい。
返信は、ほどなく届いた。
「前向きに考える~。なんかもう気抜けちゃったし。どこ行こうかな」
緋馬はゆっくりと息を吐いた。肩の力が抜け、身体の芯から力が抜けていく。
これは希望だ。確かな一歩だ。
(……たとえ何人だけだとしても、救えてる。ほんとに……良かった)
今まで何度も何度も繰り返されてきた『変わらなかった一日』が動いた。
たった一通のメール。それだけの細やかなやりとり。緋馬にとっては未来という名の扉が、ようやくほんの少しだけ開かれたのだと胸を撫で下ろした。
寄居からの返事は、どれも肩の力が抜けたような内容ばかりになる。
無邪気な文面に緋馬の心も晴れた頃、次の通知が鳴った。
「藤春さん体調不良で中止なの仕方ないけど、四十九日とかは問題なくできるといいね。ウマもお大事に」
返ってきたのは何の悪意もない、柔らかな文面だった。
緋馬の背筋が凍りつく。
「どういうこと?」
「昨夜藤春さん隣の施設に運ばれたんだって。弟さんが『自分が看病します』って。あそこ医療施設だから安心しなよ。ちゃんとした設備あるし、一般人は入れないけど。越生さんが教えてくれたから確かな情報だよ」
ぬるりと背中に冷たい汗が伝い落ちる。
弟さん。越生。藤春を「隣の施設」に運んだという二人の存在。
悪寒とは違うもっと重い確信が、胃の底を引っ掻くように疼いた。
足音のざわめきが激しくなる。レジスタンス本部の会議室は、既に出撃準備の緊迫に包まれていた。
戦闘服のエージェントたちが無言で装備を点検し合い、確認のための電子端末を素早く操作している。
仏田寺への家宅捜索、今日という決戦がついに始まる。決して後戻りのできない戦いの開始が近づいていた。
あまりの物々しさに思考が焦りに押し流される中、通路の向こうを駆けていく背中に緋馬は手を伸ばす。
「に、新座さん……!」
部隊を率いる立場らしい彼を見つけた瞬間、声を張り上げた。
「おっ、おじさんが……!」
叫びながら駆け寄る。喉が擦れても、声は止まらなかった。
「機関の研究所に、捕まってるかもしれないんです! 昨日の夜に運ばれて……! おじさんの弟が看病するって言って……でも、絶対あいつら、そんなわけないから!」
必死に伝えなくてはと言葉を急かした。新座なら、動いてくれるはずだと信じた。
立ち止まった新座が、短く息を吐く。装備の最終確認を手早く終え、緋馬に視線を向ける。その眼差しは冷静というよりも、冷酷に近い温度だった。
「……助けるつもりではいるよ。でも君の思いどおりにはならないかもしれない。それだけは覚悟しといて」
「……え?」
新座の目は、冗談も慰めも拒んでいた。
それは現場を何度も見てきた者の目だった。残酷な現実を、数えきれないほど飲み込んできた者の目だ。
さっきまで確かに灯っていた緋馬の希望の火が、急に風に吹かれて揺らぎ、消えそうになる。
「や、やめてくださいよ……絶対に助けてください。助けなきゃ、だめなんだよ……!」
新座は目を伏せ、肩越しに戦友たちに合図を送った。出撃時間が迫っている様子だった。
「僕たちは全力で戦う。でも奇跡を前提にはしない。覚えておいて」
そう言い残して、列の中へと戻っていこうとする。
死の宣告にも似た響きに、緋馬はただ立ち尽くしてしまう。冷たい床の上に、膝が抜けそうになる。
──どうしたら、助けられる?
──どうすれば、おじさんをあの場所から取り戻せる?
考えろ、考えろと心が叫ぶ。
浮かぶのは過去の惨劇ばかり。助けられてばかりで自分には何もできず、ただ死んで終わる。また同じ朝へいく、数々の世界の記憶。
(……何もできない)
視界が揺らいだ。足元から崩れていくような、深い絶望が押し寄せてくる。
けれど不意に脳裏をよぎる。何度も繰り返した世界の中で、自分にだけの特性がある。それを有効活用できれば、自分に価値を見出してくれる。そうすれば言い分を聞いてくれるかも。
「……俺の体は、俺は、マスターキーみたいなもんです」
新座が、足を止めた。
「俺は、あそこのあらゆる場所に通れます。パスコードも、生体認証も、俺だけが通れる扉がいくつもありました……。鍵なんです、俺、使えるんですよ」
これが本当に価値があるのか。場違いすぎることを言っていないか。喉の奥が震え、声が掠れる。
「だから……使ってください、俺を。機関の中には、隠してるもの、たくさんあるはずです。普通じゃ開かない場所も、俺なら開けるかもしれない……」
新座の目は依然として冷たい。けれどその奥にある判断を求めている気配があった。
「そのかわり……お願いします。俺の希望も、聞いてください。どうか……おじさんを、助けてください」
全身の力を振り絞り、頭を下げる。
理屈でも取引でもないただの懇願。命の全てを捧げてもいいという覚悟だけをそこに込める。
「来て」
短いひと言は、氷のようだった新座の声から発せられた。乾いた響きだったが確かに許可だった。
それから数分後。武装車両の後部座席、緋馬は黒いベルトで身体を固定されるようにして座っていた。既に周囲の空気は戦闘前の緊張に満ち、車体の振動が硬く、静かに足元から伝わってくる。
前方の助手席に座る新座は、外の景色を見ながら、淡々と口を開いた。
「仏田寺……というより機関の内部には、とんでもない宝が眠ってるって言われてる。例えば、機関が作り出した高位の魔道具。戦場で一国の行方を変えるような呪具や兵装。君が持っているような、奇跡の石。あるいは、それらを売り捌いて得た金塊……だけじゃない」
声は軽口のようでいて、僅かに熱を帯びている。
「誘拐された種族の記録には解放されていない者たちも含まれている。どこかに囚われたまま、まだ生きているかもしれない個体がいる」
車内に、重苦しい沈黙が落ちる。
「そして、囚われた人々が元々持っていた財産。身に着けていた装飾品や契約書、技術情報……全部、保管されてる可能性がある。機関は研究だけじゃない。略奪したもの全てを一つの牙城に溜め込んでいる。そしてそういうものって、大抵は鍵のかかった場所にあるのね?」
問いかけられているのが分かった。
緋馬は息を整え、ゆっくりと頷いた。
「君が開ける扉の先に、希望があることを祈ろう。地獄そのものが待っているかもしれないけどね」
車窓の向こう、朝靄のなかに聳える梁山の影が、次第に近づいてきた。
◆
――錠宮 陽奈多は、稀有な才を持つ研究者だった。
頭脳明晰で、血で異能を継続していく一族の生まれとして仏田家に見初められ機関に入所した。彼女は『鍵の番人』と呼ばれる能力を持った一族だった。
──錠宮。鍵の概念そのものに触れる、異能の血を引く家系。開けることも、閉じることもできる者たち。世界の通路を、門を、記憶を、心を、全てのを『開閉』する術を生まれながらに持つ者。
その力は時に錠前を介さずとも扉を開け、時に誰にも開けられぬ封印を施す。陽奈多は、その中でも特に『開く』ことに秀でていた。まるで世界が彼女の掌の中にあるようだった。
陽奈多はその名のとおり、陽のような女だった。
彼女と話せば誰もが自然と笑っていた初対面でも言葉が下手でも、過去に痛みを抱えていても、何故か気づいたときには心の奥まで見透かされていた。心の鍵を開ける行為であっても、それでも不思議と嫌な気がさせなかった。
柳翠でさえ、そうだった。
人と関わることを苦痛に感じる男だった。幼い頃から言葉少なで、人混みでは肩をすぼめ、よく黙って壁を向いていた。誰にも自分を見せようとしない、冷たい殻の中に引きこもる男であった柳翠が、陽奈多には心を許した。
初めて彼女と機関の研究室で会った柳翠は、ぶっきらぼうでただの駒が増えただけとしか思っていなかった。
しかし数日後には、柳翠の口から好意が溢れるほど、彼女の魔法の虜になっていた。
まだ携帯電話もインスタントカメラも無かった時代の話。藤春が暇潰しとしてスケッチブックに向かっていたある日、柳翠が「兄上。陽奈多の絵を描いてほしい」と声を掛けてきた。
描き上げたスケッチブックを差し出すとき、顔を赤くして、感謝を述べた弟の声を、藤春は今も思い出として大切に心に留めている。
この二人はお似合いだなと。二人でいるときはとても優しい炎を灯しているなと。だからこそ恋を応援してやりたいと思うほどだった。
けれど、その彼女は息子を産んで、逝った。
あの明るくて誰の心も開けてしまう彼女が、緋馬をこの世に遺してたった一人で閉じてしまった。
柳翠はひどく悲しんだ。弟の哀しみとしては、あまりに重たすぎるものだった。全てに目を背け、研究に没頭するようになったその背中が何より雄弁だった。
藤春は何度か緋馬と柳翠を会わせようとした。藤春も陽奈多を友人として好いており、親しかった彼女の息子を健やかに育ててやりたいと思っていた。
だから何度も柳翠に接触を試みた。研究棟に押しかけることもあった。しかし一向に家族の時間は叶わず、今日こそ会わせられると思って連れてきた緋馬と、結局、柳翠不在で途方に暮れるという日々をいくつも過ごした。
ある夜。夜間の研究棟のソファーに藤春は腰かけ、小さな体を胸に抱えていた。
八歳になった緋馬は、ようやく人並みの小学生になれた。育児放棄をされて放置された五歳の体はかなり衰弱していたが、少しずつ普通の子供として過ごせるほどになってきた。
すっかり藤春に懐き、眠るときはいつもくっついてきて、腕の中で息を整えるまで離れようとしない。
ついこの間まで、誰に抱かれても虚ろな目で空を見ていた子だ。名前を呼んでも返事をせず、言葉をかけても怯えたように沈黙を守っていた。それが今では腕の中で、安心しきった寝息を立てている。
ああ、この子はもう大丈夫だ。今度は守ってあげながら父親との時間を、と思っても。そのときは訪れない。
「……『なぜ柳翠様が緋馬様を殺さなかったか』、ですか?」
夜間の研究棟で、緋馬を抱く藤春は研究者・夜須庭に問いかけられた。
脇に立った中年の研究員が冷たい報告を告げたとき、藤春の背筋に鈍い悪寒が走る。
「柳翠様がなぜ緋馬様を廃棄せずにいたか。もちろん陽奈多様の子だからという感情的な面もあるでしょう。けれど、もう一つ大きな理由がありますよ」
眼鏡の研究員の口調は淡々としていた。それはただのデータを読むような声音だった。
「『鍵の番人』。錠宮の血筋にだけ宿る特異な能力因子。開ける・閉じる、その概念そのものに作用する超能力。この子にはそれが濃く出ている可能性が高い。失うには惜しい。……だから殺さず時折、研究所へ連れてきていた」
胸の中の緋馬が、小さく寝返りを打つ。
ぬくもりは確かにある。命の気配が、そこにある。それをモノのように、素材のように扱う声が、静かにこの部屋の空気を濁していく。
「たまにですけどね、柳翠様は緋馬様を実験室に連れてきては、観察だけして戻していました。何もされずに帰されるだけの日もあれば、血液を採られたり脳波を測られたり……。感情変化の記録も何度か取られていたようです」
藤春は何も言わなかった。ただ緋馬を抱く腕に知らず力がこもる。
「そして、この研究所に生まれたデザインベビーの成功体にその異能を授ける実験もされています。一部成功しているそうですよ。完全に陽奈多様の異能を複製はできていませんが、上門所長は成功例を見ているとお話されておりました。今も柳翠様は完全解明を目指していらっしゃるに違いない」
陽奈多の子が、生きている。
陽奈多の力が、息づいている。
けれどその血を守りたいと願ったのではなく、それを『惜しいから』と繋ぎとめていた弟の心が、たまらなく冷たく感じた。
この子は陽奈多の遺した光なのに。その光を弟は、冷暗所のような研究室に閉じ込め、見下ろしていたのか。
「……くだらない理屈を……」
思わず出た言葉は、怒りではない。吐き出すことすら苦しいほどの、深い絶望だった。
緋馬の額にそっと手をあてる。あたたかい。
誰かの道具として生きるために、この子は生まれてきたんじゃない。誰かの遺物として扱われるために、この子は陽奈多に託されたんじゃない。そう思える、あたたかさがあった。
「これは、もしかしたら、なのですけど」
その前置きに、藤春は僅かに眉をひそめる。研究員は言葉を選ぶようにしながら、続けた。
「私も、緋馬様のことが……可愛いと思うのです」
「……え?」
「子供は可愛いものだ、そう言う方もいますが……いいえ、違います。私は、人でなしの自覚がある研究者ですよ。目の前で人が泣こうと叫ぼうと、データとしてしか見てこなかった。そうやって今まで生きてきた人間です」
彼の視線が、そっと緋馬に向けられる。
眠る幼子の額には柔らかな前髪がかかり、胸元には小さく拳を握った手。安らぎのなかにあるその寝顔は、誰が見ても確かに愛おしい。
「それでも、です。……こんな私ですら、この子の寝顔は胸が締めつけられるほど愛おしいと思うんです。まるで、見えない鍵で心の中まで開かれてしまったような。これって陽奈多様の血だと思いませんか?」
「まさかッ!」
藤春は咄嗟に声を荒げた。胸の奥に、鋭い棘のような感覚が走った。
そんなはずはない。この腕の中に眠る温もりは、作られたものじゃない。確かな命の重みだ。そう信じてきた。
(けれど。もし俺が……この子を抱いているのも、微笑んでしまうのも……全部、『鍵の能力』のせいだとしたら?)
陽奈多が人の心を『開ける』力を持っていたように。この子も無意識のうちに、その力で誰かの心をこじ開けているのだとしたら。
──俺は愛しているつもりで、ただ『開けられて』いるだけなのか?
自分の感情が自分のものではないのかとざわめく。
「じゃあ……もし『心の鍵開け』が本当だとしたら、『どうして柳翠には効かない』? この子を愛おしく思ってくれない?」
「……異能の存在を分かっているからじゃないでしょうか。『この子にはそのような力がある。だから、生じる感情は嘘に決まっている』と」
「そんな」
――陽奈多を心から愛したことがある彼なら、そんなの関係ないと言い切れる筈なのに。
藤春は緋馬を抱く腕に、改めてそっと力を込めた。
――そうだ、愛おしいと思うのは、そんな力のせいじゃないじゃないんだ。
あの日、薄暗い和室で縛られていた五歳の緋馬を見つけた瞬間の、あの胸の痛み。言葉もなく、ただ震えていた小さな体を、そっと抱き上げたときの感情。あれが偽りなはずがない。
言葉を失う藤春に、研究員はうっすらとした微笑みだけを残して静かにその場を去った。
腕の中の温もりが、僅かに動いた。
小さな指が藤春のシャツの胸元をそっと掴む。その仕草があまりにも頼りなくて、藤春は自然と呼吸を整えた。
「……おじさん……?」
まだ眠気の残る声だった。夜の灯りに照らされたその瞳は、まだ眠そうに潤んでいて、けれどしっかりと藤春を見つめていた。
言葉もなく、その頭を優しく撫でる。
一瞬だけ躊躇うような気配を見せた緋馬だったが、細い両腕を伸ばして、そっと藤春の胸に抱きついた。
「おじさん……好き……」
控えめで、けれど迷いのない言葉。
藤春の胸の奥に、あたたかい灯が灯るような感覚が広がる。誰かの力で操られた感情ではない、心は既に決まっていた。
「……俺もだよ、緋馬」
◆
――目を覚ませば、いつもおじさんは俺を抱き締めてくれていた。
まだ幼かった頃。泣いて眠れなかった夜も、熱にうなされた夜も、夢の中で人間の熱を探し続けた夜も、手を伸ばせばそのぬくもりがあった。
「大丈夫だ、ここにいる」
低く穏やかな声が、まるで世界の全てを許容してくれるようだった。
好きだと言ってくれた。他人でも、そう言ってくれた。だから、守らなければならない。
仏田寺の山門が、霧の帳の向こうにゆっくりと姿を現した。
冬の山間、空はまだ夜の残滓を引きずり、谷間には濃密な靄が垂れこめている。風は凍てつくほど冷たく、吐く息が白く散った。あらゆる音が吸い込まれたように静まり返り、まるでこの地そのものが、何かを隠しながら息を殺しているかのようだった。
静寂を破ったのは、通信機の短い電子音。
「全隊、配置についた。出撃準備、完了」
重い装備を背負い、闇色の軍服に身を包んだレジスタンスの部隊が一斉に動き出す。
緋馬もまた、その列の中にいた。胸の鼓動が、どこか遠くで鳴っているように感じられた。
何度も喪った夜。12月31日。死んでも死にきれず、再びこの夜へ戻ってきた。
あの血の匂いも、炎の色も、何一つ薄れてはいない。
息を吸った。肺の奥まで冷気が刺し込む。
――行かなければならない。
その先に、藤春がいる。
誰かが号令をかけた。霧が弾けるように、人々が動き出す。
「……おじさん」
誰にも聞こえない声で、呟く。
そして、踏み出した。夜明け前の地獄へと。血が絡みつく、いただきへ。
さわれぬ神 憂う世界 第2部・完
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12月31日。
夜の名残が空に残る早朝、冷気に包まれた一角。レジスタンスの本部は既に騒然としていた。
警察というより軍隊めいた作戦室には、戦闘班と戦術支援担当者が次々と席に着き、仏田寺の見取り図が配置されたディスプレイの前で、計画の概要が告げられていく。
空気は重く張り詰めていた。私語ひとつ交わされることはない。緊張。覚悟。そして今日という日が「全てを変える」と信じる、確信に近い感情。それらを肌に伝わる。部屋の片隅で座らされた緋馬は、居心地の悪さを隠すように背を丸めていた。
(……こんな映画みたいな場所に、俺、いていいのか?)
何度も内心、問いかけてしまう。
代わりにあの時の新座の声が、脳裏で何度も反響する。
「君は証人であり関係者であり当事者だ。出席してね」
重く、動かしがたい言葉だった。それに頷いてしまった自分を、少し恨む。
作戦は最終段階に入っていた。レジスタンスの幹部たちは、陵珊山にある超人類能力開発研究所──通称「機関」への突入を決定し、逮捕状を取得したこと、仏田寺の本堂と研究区画を含めた同時進行作戦を、今日まさに実行すると告げていた。
それは衝動でも、場当たり的な決断でもない。彼らが長きにわたって待ち望んだ「その時」だった。
「来たな」「ようやく……」「これでやっと動ける」
囁かれる声は、希望と怒りがないまぜになった熱を帯びている。
レジスタンスのリーダー・鶴瀬と呼ばれる男が、低く力強く言い放つ。
「対象施設は異常の発現地点であり、予測不能な危険を含む。しかしこれは、我々にとって千載一遇の機会だ。今日を逃せば、また多くの命が弄ばれることになる」
その言葉に、隊員たちは静かに頷いた。
淡々と作戦の経緯が説明されていく。語るのは新座。鶴瀬の従兄弟にして、緋馬をこの場に導いた男だ。
「そちらにいる高梨緋馬くんの証言により、仏田寺本堂と山麓を繋ぐ地下トンネルの存在が確認されました」
数人が、顔を上げた。
仏田寺は千年の歴史を持つ由緒ある古刹だ。その地下に現代的な搬入トンネルが存在するなど、これまで誰も確信を持ち得なかった。
「地元業者への聞き取り、および寺の外周構造との照合の結果、緋馬くんが目撃した搬入経路と一致する導線が、この旧管理道の突き当たり……石材業者の倉庫裏に位置すると推測されます」
新座の指先が地図の一角を指し示す。そこに赤いマーキングが灯る。
「また、我々に情報を提供していた高梨あずまさんの生命反応が最後に途絶えたのも、この地点に近い場所でした」
部屋の空気が変わった。
誰もがその言葉を逃すまいと耳を澄ませる中、視線の幾つかが、ちらと緋馬の方へ流れた。
義母、あずまの死。スパイ、あるいはエージェントとして動いていた彼女の喪失が、今は「情報」として活用されている。
頭では理解できている。戦いにおいては、死もまた戦果の一つになることを。だが胸は、痛んでいた。
「それらの情報をもとに、主力部隊は地下トンネルからの突入を行います。同時に本堂および研究区画への展開も開始します。本堂は僕──スウィフトが。研究区画は、上門ときわくんが担当です」
新座の声に迷いはない。静かで冷ややかだが、それは司令官としての理想的な態度だった。
仲間の死を悼む余白など、この場にはない。
新座にとって、あずまは戦友だった。だからこそ、その死を感情ではなく「戦略」として冷徹に扱うことで、弔いの代わりとしたのだ。
──偶然、仏田寺で出会った一人の少年の証言が、突破口となった。
──偶然、命を落とした一人の女性の消失地点が、戦術の鍵となった。
死と生が交差し重なり合う。誰かが死に、誰かが生き残った。その確かな事実がようやく形を持ち、ひとつの刃となって仏田寺へと向かおうとしていた。
作戦会議が終わり、張りつめた空気のまま人々が動き出す。緋馬は机に置いていたガラケーに、手を伸ばした。
不意に震え出した機械的なバイブ音が、強張っていた神経の隙間を撫でていく。
画面に浮かんだのは、寄居の名前だった。胸の奥にざわりと冷たい風が吹き込み、メール本文を開いた瞬間、呼吸が止まりかける。
「なんでウマ、勝手に帰ったの?」
その問いが来ることは、どこかで予感していた。けれどそれは全てが終わった後……命の確認と、儀式の後始末を終えてからの話だと思っていた。
次いで、追撃のように新たな文が届く。
「まさか全部中止とか何か大事件でも起きたわけ? うちだって食事とか酒とか花の手配、年末までやってたんだからキャンセルは困るんだけど。親父は仕方ないよって言ってるけどさ」
軽い。冗談のような現実が、緋馬の心臓に直接打ち込まれる。
──全部、中止?
思考が空転し、脳が理解するのに時間がかかった。
(そんなこと、今までの世界では一度もなかった。俺がどれだけ足掻いても……)
何度も繰り返してきた12月31日。どれほど抗っても納骨式は必ず執り行われ、儀式は始まり、あの化け物が現れる。大筋は決して変わらなかった。なのに今、式が行われない?
寄居のメールはただの愚痴だった。何も知らない平凡な年末の不満。しかしその普通こそが、緋馬にとっては最も恐ろしい異常となる。
(以前、会食が中止になったことはある……けど)
あれは緋馬が自殺未遂を起こし、それを偶然藤春に見られたからという奇跡が重なっての出来事だ。その奇跡と同等のものが起きているとしたら。
震える呼吸を押さえ込みながら、緋馬はガラケーのボタンを素早く押す。
「泊まってた人はもう帰ったの? 今日来る人は来ない?」
メッセージを送信する。
脳裏をよぎるのは、幾度も見た死の光景。列席者たちが逃げ場もなく喰われ、引き裂かれ、絶叫が散っていく地獄。
その未来が今度こそ回避されたのなら。着信の震えに肩を跳ねさせながら、緋馬は急いで画面を開いた。
「全部今日の予定キャンセルになったんだから無いって」
たった一行。
胸の奥がふわりとほどけ、込み上げてくる何かに顔が歪んだ。恐怖でも緊張でもない。安堵と歓喜だ。
(みんな帰った? 助けられた……? 死なずに済むかもしれない?)
震える指で、再びメッセージを打ち込む。
「寄居や住職さんも暇になったならさ。今日の大晦日、どっか出かけたら? 寺あけて。人いないなら気分転換にもなるし」
さりげない提案に見せかけて、その文は必死の祈りだ。
まだ寺に残っているかもしれない人たち……寄居も住職も、誰ひとりとして災厄の餌になりませんように。どうか少しでも遠ざかっていてほしい。
返信は、ほどなく届いた。
「前向きに考える~。なんかもう気抜けちゃったし。どこ行こうかな」
緋馬はゆっくりと息を吐いた。肩の力が抜け、身体の芯から力が抜けていく。
これは希望だ。確かな一歩だ。
(……たとえ何人だけだとしても、救えてる。ほんとに……良かった)
今まで何度も何度も繰り返されてきた『変わらなかった一日』が動いた。
たった一通のメール。それだけの細やかなやりとり。緋馬にとっては未来という名の扉が、ようやくほんの少しだけ開かれたのだと胸を撫で下ろした。
寄居からの返事は、どれも肩の力が抜けたような内容ばかりになる。
無邪気な文面に緋馬の心も晴れた頃、次の通知が鳴った。
「藤春さん体調不良で中止なの仕方ないけど、四十九日とかは問題なくできるといいね。ウマもお大事に」
返ってきたのは何の悪意もない、柔らかな文面だった。
緋馬の背筋が凍りつく。
「どういうこと?」
「昨夜藤春さん隣の施設に運ばれたんだって。弟さんが『自分が看病します』って。あそこ医療施設だから安心しなよ。ちゃんとした設備あるし、一般人は入れないけど。越生さんが教えてくれたから確かな情報だよ」
ぬるりと背中に冷たい汗が伝い落ちる。
弟さん。越生。藤春を「隣の施設」に運んだという二人の存在。
悪寒とは違うもっと重い確信が、胃の底を引っ掻くように疼いた。
足音のざわめきが激しくなる。レジスタンス本部の会議室は、既に出撃準備の緊迫に包まれていた。
戦闘服のエージェントたちが無言で装備を点検し合い、確認のための電子端末を素早く操作している。
仏田寺への家宅捜索、今日という決戦がついに始まる。決して後戻りのできない戦いの開始が近づいていた。
あまりの物々しさに思考が焦りに押し流される中、通路の向こうを駆けていく背中に緋馬は手を伸ばす。
「に、新座さん……!」
部隊を率いる立場らしい彼を見つけた瞬間、声を張り上げた。
「おっ、おじさんが……!」
叫びながら駆け寄る。喉が擦れても、声は止まらなかった。
「機関の研究所に、捕まってるかもしれないんです! 昨日の夜に運ばれて……! おじさんの弟が看病するって言って……でも、絶対あいつら、そんなわけないから!」
必死に伝えなくてはと言葉を急かした。新座なら、動いてくれるはずだと信じた。
立ち止まった新座が、短く息を吐く。装備の最終確認を手早く終え、緋馬に視線を向ける。その眼差しは冷静というよりも、冷酷に近い温度だった。
「……助けるつもりではいるよ。でも君の思いどおりにはならないかもしれない。それだけは覚悟しといて」
「……え?」
新座の目は、冗談も慰めも拒んでいた。
それは現場を何度も見てきた者の目だった。残酷な現実を、数えきれないほど飲み込んできた者の目だ。
さっきまで確かに灯っていた緋馬の希望の火が、急に風に吹かれて揺らぎ、消えそうになる。
「や、やめてくださいよ……絶対に助けてください。助けなきゃ、だめなんだよ……!」
新座は目を伏せ、肩越しに戦友たちに合図を送った。出撃時間が迫っている様子だった。
「僕たちは全力で戦う。でも奇跡を前提にはしない。覚えておいて」
そう言い残して、列の中へと戻っていこうとする。
死の宣告にも似た響きに、緋馬はただ立ち尽くしてしまう。冷たい床の上に、膝が抜けそうになる。
──どうしたら、助けられる?
──どうすれば、おじさんをあの場所から取り戻せる?
考えろ、考えろと心が叫ぶ。
浮かぶのは過去の惨劇ばかり。助けられてばかりで自分には何もできず、ただ死んで終わる。また同じ朝へいく、数々の世界の記憶。
(……何もできない)
視界が揺らいだ。足元から崩れていくような、深い絶望が押し寄せてくる。
けれど不意に脳裏をよぎる。何度も繰り返した世界の中で、自分にだけの特性がある。それを有効活用できれば、自分に価値を見出してくれる。そうすれば言い分を聞いてくれるかも。
「……俺の体は、俺は、マスターキーみたいなもんです」
新座が、足を止めた。
「俺は、あそこのあらゆる場所に通れます。パスコードも、生体認証も、俺だけが通れる扉がいくつもありました……。鍵なんです、俺、使えるんですよ」
これが本当に価値があるのか。場違いすぎることを言っていないか。喉の奥が震え、声が掠れる。
「だから……使ってください、俺を。機関の中には、隠してるもの、たくさんあるはずです。普通じゃ開かない場所も、俺なら開けるかもしれない……」
新座の目は依然として冷たい。けれどその奥にある判断を求めている気配があった。
「そのかわり……お願いします。俺の希望も、聞いてください。どうか……おじさんを、助けてください」
全身の力を振り絞り、頭を下げる。
理屈でも取引でもないただの懇願。命の全てを捧げてもいいという覚悟だけをそこに込める。
「来て」
短いひと言は、氷のようだった新座の声から発せられた。乾いた響きだったが確かに許可だった。
それから数分後。武装車両の後部座席、緋馬は黒いベルトで身体を固定されるようにして座っていた。既に周囲の空気は戦闘前の緊張に満ち、車体の振動が硬く、静かに足元から伝わってくる。
前方の助手席に座る新座は、外の景色を見ながら、淡々と口を開いた。
「仏田寺……というより機関の内部には、とんでもない宝が眠ってるって言われてる。例えば、機関が作り出した高位の魔道具。戦場で一国の行方を変えるような呪具や兵装。君が持っているような、奇跡の石。あるいは、それらを売り捌いて得た金塊……だけじゃない」
声は軽口のようでいて、僅かに熱を帯びている。
「誘拐された種族の記録には解放されていない者たちも含まれている。どこかに囚われたまま、まだ生きているかもしれない個体がいる」
車内に、重苦しい沈黙が落ちる。
「そして、囚われた人々が元々持っていた財産。身に着けていた装飾品や契約書、技術情報……全部、保管されてる可能性がある。機関は研究だけじゃない。略奪したもの全てを一つの牙城に溜め込んでいる。そしてそういうものって、大抵は鍵のかかった場所にあるのね?」
問いかけられているのが分かった。
緋馬は息を整え、ゆっくりと頷いた。
「君が開ける扉の先に、希望があることを祈ろう。地獄そのものが待っているかもしれないけどね」
車窓の向こう、朝靄のなかに聳える梁山の影が、次第に近づいてきた。
◆
――錠宮 陽奈多は、稀有な才を持つ研究者だった。
頭脳明晰で、血で異能を継続していく一族の生まれとして仏田家に見初められ機関に入所した。彼女は『鍵の番人』と呼ばれる能力を持った一族だった。
──錠宮。鍵の概念そのものに触れる、異能の血を引く家系。開けることも、閉じることもできる者たち。世界の通路を、門を、記憶を、心を、全てのを『開閉』する術を生まれながらに持つ者。
その力は時に錠前を介さずとも扉を開け、時に誰にも開けられぬ封印を施す。陽奈多は、その中でも特に『開く』ことに秀でていた。まるで世界が彼女の掌の中にあるようだった。
陽奈多はその名のとおり、陽のような女だった。
彼女と話せば誰もが自然と笑っていた初対面でも言葉が下手でも、過去に痛みを抱えていても、何故か気づいたときには心の奥まで見透かされていた。心の鍵を開ける行為であっても、それでも不思議と嫌な気がさせなかった。
柳翠でさえ、そうだった。
人と関わることを苦痛に感じる男だった。幼い頃から言葉少なで、人混みでは肩をすぼめ、よく黙って壁を向いていた。誰にも自分を見せようとしない、冷たい殻の中に引きこもる男であった柳翠が、陽奈多には心を許した。
初めて彼女と機関の研究室で会った柳翠は、ぶっきらぼうでただの駒が増えただけとしか思っていなかった。
しかし数日後には、柳翠の口から好意が溢れるほど、彼女の魔法の虜になっていた。
まだ携帯電話もインスタントカメラも無かった時代の話。藤春が暇潰しとしてスケッチブックに向かっていたある日、柳翠が「兄上。陽奈多の絵を描いてほしい」と声を掛けてきた。
描き上げたスケッチブックを差し出すとき、顔を赤くして、感謝を述べた弟の声を、藤春は今も思い出として大切に心に留めている。
この二人はお似合いだなと。二人でいるときはとても優しい炎を灯しているなと。だからこそ恋を応援してやりたいと思うほどだった。
けれど、その彼女は息子を産んで、逝った。
あの明るくて誰の心も開けてしまう彼女が、緋馬をこの世に遺してたった一人で閉じてしまった。
柳翠はひどく悲しんだ。弟の哀しみとしては、あまりに重たすぎるものだった。全てに目を背け、研究に没頭するようになったその背中が何より雄弁だった。
藤春は何度か緋馬と柳翠を会わせようとした。藤春も陽奈多を友人として好いており、親しかった彼女の息子を健やかに育ててやりたいと思っていた。
だから何度も柳翠に接触を試みた。研究棟に押しかけることもあった。しかし一向に家族の時間は叶わず、今日こそ会わせられると思って連れてきた緋馬と、結局、柳翠不在で途方に暮れるという日々をいくつも過ごした。
ある夜。夜間の研究棟のソファーに藤春は腰かけ、小さな体を胸に抱えていた。
八歳になった緋馬は、ようやく人並みの小学生になれた。育児放棄をされて放置された五歳の体はかなり衰弱していたが、少しずつ普通の子供として過ごせるほどになってきた。
すっかり藤春に懐き、眠るときはいつもくっついてきて、腕の中で息を整えるまで離れようとしない。
ついこの間まで、誰に抱かれても虚ろな目で空を見ていた子だ。名前を呼んでも返事をせず、言葉をかけても怯えたように沈黙を守っていた。それが今では腕の中で、安心しきった寝息を立てている。
ああ、この子はもう大丈夫だ。今度は守ってあげながら父親との時間を、と思っても。そのときは訪れない。
「……『なぜ柳翠様が緋馬様を殺さなかったか』、ですか?」
夜間の研究棟で、緋馬を抱く藤春は研究者・夜須庭に問いかけられた。
脇に立った中年の研究員が冷たい報告を告げたとき、藤春の背筋に鈍い悪寒が走る。
「柳翠様がなぜ緋馬様を廃棄せずにいたか。もちろん陽奈多様の子だからという感情的な面もあるでしょう。けれど、もう一つ大きな理由がありますよ」
眼鏡の研究員の口調は淡々としていた。それはただのデータを読むような声音だった。
「『鍵の番人』。錠宮の血筋にだけ宿る特異な能力因子。開ける・閉じる、その概念そのものに作用する超能力。この子にはそれが濃く出ている可能性が高い。失うには惜しい。……だから殺さず時折、研究所へ連れてきていた」
胸の中の緋馬が、小さく寝返りを打つ。
ぬくもりは確かにある。命の気配が、そこにある。それをモノのように、素材のように扱う声が、静かにこの部屋の空気を濁していく。
「たまにですけどね、柳翠様は緋馬様を実験室に連れてきては、観察だけして戻していました。何もされずに帰されるだけの日もあれば、血液を採られたり脳波を測られたり……。感情変化の記録も何度か取られていたようです」
藤春は何も言わなかった。ただ緋馬を抱く腕に知らず力がこもる。
「そして、この研究所に生まれたデザインベビーの成功体にその異能を授ける実験もされています。一部成功しているそうですよ。完全に陽奈多様の異能を複製はできていませんが、上門所長は成功例を見ているとお話されておりました。今も柳翠様は完全解明を目指していらっしゃるに違いない」
陽奈多の子が、生きている。
陽奈多の力が、息づいている。
けれどその血を守りたいと願ったのではなく、それを『惜しいから』と繋ぎとめていた弟の心が、たまらなく冷たく感じた。
この子は陽奈多の遺した光なのに。その光を弟は、冷暗所のような研究室に閉じ込め、見下ろしていたのか。
「……くだらない理屈を……」
思わず出た言葉は、怒りではない。吐き出すことすら苦しいほどの、深い絶望だった。
緋馬の額にそっと手をあてる。あたたかい。
誰かの道具として生きるために、この子は生まれてきたんじゃない。誰かの遺物として扱われるために、この子は陽奈多に託されたんじゃない。そう思える、あたたかさがあった。
「これは、もしかしたら、なのですけど」
その前置きに、藤春は僅かに眉をひそめる。研究員は言葉を選ぶようにしながら、続けた。
「私も、緋馬様のことが……可愛いと思うのです」
「……え?」
「子供は可愛いものだ、そう言う方もいますが……いいえ、違います。私は、人でなしの自覚がある研究者ですよ。目の前で人が泣こうと叫ぼうと、データとしてしか見てこなかった。そうやって今まで生きてきた人間です」
彼の視線が、そっと緋馬に向けられる。
眠る幼子の額には柔らかな前髪がかかり、胸元には小さく拳を握った手。安らぎのなかにあるその寝顔は、誰が見ても確かに愛おしい。
「それでも、です。……こんな私ですら、この子の寝顔は胸が締めつけられるほど愛おしいと思うんです。まるで、見えない鍵で心の中まで開かれてしまったような。これって陽奈多様の血だと思いませんか?」
「まさかッ!」
藤春は咄嗟に声を荒げた。胸の奥に、鋭い棘のような感覚が走った。
そんなはずはない。この腕の中に眠る温もりは、作られたものじゃない。確かな命の重みだ。そう信じてきた。
(けれど。もし俺が……この子を抱いているのも、微笑んでしまうのも……全部、『鍵の能力』のせいだとしたら?)
陽奈多が人の心を『開ける』力を持っていたように。この子も無意識のうちに、その力で誰かの心をこじ開けているのだとしたら。
──俺は愛しているつもりで、ただ『開けられて』いるだけなのか?
自分の感情が自分のものではないのかとざわめく。
「じゃあ……もし『心の鍵開け』が本当だとしたら、『どうして柳翠には効かない』? この子を愛おしく思ってくれない?」
「……異能の存在を分かっているからじゃないでしょうか。『この子にはそのような力がある。だから、生じる感情は嘘に決まっている』と」
「そんな」
――陽奈多を心から愛したことがある彼なら、そんなの関係ないと言い切れる筈なのに。
藤春は緋馬を抱く腕に、改めてそっと力を込めた。
――そうだ、愛おしいと思うのは、そんな力のせいじゃないじゃないんだ。
あの日、薄暗い和室で縛られていた五歳の緋馬を見つけた瞬間の、あの胸の痛み。言葉もなく、ただ震えていた小さな体を、そっと抱き上げたときの感情。あれが偽りなはずがない。
言葉を失う藤春に、研究員はうっすらとした微笑みだけを残して静かにその場を去った。
腕の中の温もりが、僅かに動いた。
小さな指が藤春のシャツの胸元をそっと掴む。その仕草があまりにも頼りなくて、藤春は自然と呼吸を整えた。
「……おじさん……?」
まだ眠気の残る声だった。夜の灯りに照らされたその瞳は、まだ眠そうに潤んでいて、けれどしっかりと藤春を見つめていた。
言葉もなく、その頭を優しく撫でる。
一瞬だけ躊躇うような気配を見せた緋馬だったが、細い両腕を伸ばして、そっと藤春の胸に抱きついた。
「おじさん……好き……」
控えめで、けれど迷いのない言葉。
藤春の胸の奥に、あたたかい灯が灯るような感覚が広がる。誰かの力で操られた感情ではない、心は既に決まっていた。
「……俺もだよ、緋馬」
◆
――目を覚ませば、いつもおじさんは俺を抱き締めてくれていた。
まだ幼かった頃。泣いて眠れなかった夜も、熱にうなされた夜も、夢の中で人間の熱を探し続けた夜も、手を伸ばせばそのぬくもりがあった。
「大丈夫だ、ここにいる」
低く穏やかな声が、まるで世界の全てを許容してくれるようだった。
好きだと言ってくれた。他人でも、そう言ってくれた。だから、守らなければならない。
仏田寺の山門が、霧の帳の向こうにゆっくりと姿を現した。
冬の山間、空はまだ夜の残滓を引きずり、谷間には濃密な靄が垂れこめている。風は凍てつくほど冷たく、吐く息が白く散った。あらゆる音が吸い込まれたように静まり返り、まるでこの地そのものが、何かを隠しながら息を殺しているかのようだった。
静寂を破ったのは、通信機の短い電子音。
「全隊、配置についた。出撃準備、完了」
重い装備を背負い、闇色の軍服に身を包んだレジスタンスの部隊が一斉に動き出す。
緋馬もまた、その列の中にいた。胸の鼓動が、どこか遠くで鳴っているように感じられた。
何度も喪った夜。12月31日。死んでも死にきれず、再びこの夜へ戻ってきた。
あの血の匂いも、炎の色も、何一つ薄れてはいない。
息を吸った。肺の奥まで冷気が刺し込む。
――行かなければならない。
その先に、藤春がいる。
誰かが号令をかけた。霧が弾けるように、人々が動き出す。
「……おじさん」
誰にも聞こえない声で、呟く。
そして、踏み出した。夜明け前の地獄へと。血が絡みつく、いただきへ。
さわれぬ神 憂う世界 第2部・完
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