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第35話『仲間じゃない』

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「――なぁ、あんちゃん」

 エリィを完全に無視し、ボクへと低く重厚な声が響いた。
 重力が何倍にも増えたような錯覚。

「おめぇ、人間だなぁ?」

 声を発したのは、ずっと黙っていた巨漢の男だった。

 彼はのそりと立ち上がり、こちらへと視線を向けた。
 それだけでまるで何十倍にも大きくなったように見えた。

 その顔面は傷痕にまみれている。
 ただでさえ威圧感があるのに、さらに迫力が増している。

 ううっ……。
 恐怖で、自然と涙が浮かんできた。

「なっ、あんた! 気持ち悪い顔して、クソ人間風情があたしの言葉を無視してるんじゃ――」


 ――エリィがぶっ飛んだ。


 ぶっ飛び、巨大樹の幹に叩きつけられていた。
 一拍遅れて地面へと落ち、バタリと倒れ伏していた。

「へ?」

 一瞬だった。
 なにが起きたのかわからなかった。

 エリィは、死んではいないようだが、相当な重傷を負っていた。
 腕が折れ、変な方向を向いてしまっていた。

「クソエルフ風情が、団長にナメたクチ聞いてんじゃねェぞォ」

 リョウが魔銃を構えた姿勢で言った。
 その銃口からは魔力の残光が立ち上っている。

 見れば、さきほどとは意匠が異なっている。
 どうやら、アーサルトに使った高威力の魔銃とは別物らしい。

 魔銃は威力が固定だ。
 そのため非殺傷用に使い分けているようだ。

(……は、早すぎる)

 魔銃を抜く瞬間も、撃った瞬間も見えなかった。
 俺はなぜ魔銃がこれだけ発展したのかを理解した。

 俺の知るかぎり、あの早さに対応できるスキルもマジックも存在しない。
 すなわち、実質的な防御不能だ。

「でぇ、どうしてここぉ……エルフの村ぁ人間がおるんじゃぁ? コトと次第によっちゃぁ、人間であろうとよぉ……あんちゃん。わしゃぁ、おぬしをタダでは帰せんぞぉ」

「ひっ!?」

 巨漢の男は「ヒッヒッ」としゃがれた声で笑った。

「なぁに、そう怯えなくてもよかろぉて。よし、じゃぁこれなら答えられるじゃろぉ? あんちゃんはよぉ、どうしてそぉ、裸になっとるんじゃぁ?」

 ギョロリとした目で、興味深そうに巨漢の男――奴隷商団の団長が訊ねてくる。
 ボクはのどが引きつって、まともに答えることができない。

「ぁ、……き、ひぃ……」

「答えられんのかぃ? じゃぁ、質問を変えようかのぉ。と、その前にまずはもうちっと近う寄ってもらおうかいのぉ? わしゃぁ、あまり目がよくなくてのぉ、あんちゃんの顔が見辛くてしゃぁないんじゃぁ」

「ぃ、……ぁ……」

 そんなこと言われても、絶対に近づきたくない。
 いやそもそも、手足がガクガクと震えている。

「早くしろやァ!」

「ヒィイイイっ!?」

 リョウに怒鳴られて、ボクは慌てて立ち上がった。
 しかし、恐怖で身体がうまく動かない。

 足がもつれて、ボクは顔面から地面へと突っ込んだ。
 寒い笑いが、奴隷商人たちの間に流れた。

「そう急かせんでもえぇ。あんちゃんも、なぁにも取って食おうってじゃぁ、あるめぇんだから。ゆっくりでええんじゃぞぉ? ほれ、こういうときはなんと言うんじゃったか。”ラリって殺す”?」

「団長ォ。そいつァ”リラックス”でさァ」

「おぉ、それじゃぁそれじゃぁ」

 こんな状況でのんびりできるかぁあああ!?
 そんな太い精神の持ち主は、そもそも転んでねぇよ!

「ぁひ……きひ、きひひ……」 

 ボクは媚びるような笑みを浮かべながら、這いずるようにして広場へと出た。
 四方から奴隷商人たちの視線が、ボクの裸の身体へ突き刺さる。

「オメェ、なァに笑ってんだァ? ナメてんのかァ? 死にてェのかァ?」

 ボクはブンブンと首を横へ振った。
 これじゃあ転生する前と同じだ。

 クソっ! なんでボクがこんな目に!?
 ボクだってコイツらと同じ、奴隷商人なのに!。

 これからボク専用の性奴隷を捕まえる冒険が、多様な人種のハーレムを手に入れるフェアリーテイルが、絶対に裏切らない友だちと出会うストーリーが、絶対服従の下僕を見つけるシナリオがはじまるはずだったのに!

 それもこれも全部、エリィのせいだ!
 あの頭の悪いクソガキがバカな真似さえしなければっ!

 あとはテオが役立たずなのも悪い!
 ボクの友だちなのに、ボクがピンチのときに限っていないなんて!

「まぁまぁ、落ち着きぃなリョウ。こぉんなに怯えさせちまって、質問に答えるも答えないもなかろぉよ」

 団長さん……!
 この人、顔も威圧感もすごいけど言ってることはリョウに比べればやさしいかも。

「じゃあよぉ、2択ならどうだい? あんちゃんも答えられるじゃないかのぉ? あんちゃんはよぉ……エルフどもの、味方かいなぁ? それとも敵かいなぁ?」

 前言撤回、やっぱり怖いわ。
 団長の目はまったく笑っていなかった。

 口角は上がっているし、目元にはシワができている。
 しかし、その目だけはまるで地獄の入り口みたいに、どこまでも深い暗闇だった。

 地面が揺らいで、そこへ落ちていくような感覚。
 あの暗闇の中にあるのは……死?

「ぃ……ち、がぃま、す。エルフ、仲間……なんか、じゃ、ない!」

 ボクは必死に首を振って否定した。
 そうしなければ殺されると、本能が言っていた。

 当然、ボクはエルフたちのことを助けたいとも思っていない。
 自分の命が一番大切に決まっている。

「そうかぃそうかぃ、そりゃぁよかったぁ。もし仲間や言うちょったらぁ、考えないかんかったからのぉ」

 団長はほがらかに言った。
 そのあと、がらっと笑顔の質を変化させた。

「おいリョウ、そういうことやさかい……」


「――アレぇ回収してこい」


「……え?」

 団長はエリィを指し示し、そう言った。
 彼は凄惨な笑みに浮かべていた。
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