上 下
36 / 49

第36話『はじめての抵抗心』

しおりを挟む
「アレぇ回収してこい」

 奴隷商団の団長が、エリィを指差してそう言った。

「あいよォ」

 リョウがゆっくりと歩き、エリィへと近付いていく。
 彼女が――”奪われる”。

(いや、なにを考えてるんだボクは)

 そうだ、むしろエリィに酷い目に遭わさればかりだった。
 彼女さえいなければボクはこんな状況に陥っていない。

 結局、食事も水ももらえてないし、出会わなければよかった。
 彼女がどうなろうと、知ったこっちゃあないだろう。

(本当にそれでいいのか?)

 また奪われていいのか?
 またボクは奪われる側なのか?

(――イヤだ! ボクはっ、エリィのことを……!)

 ボクは気づくと失言・・していた。
 声を挟んでしまっていた。

「あ、の!」

 瞬間、空気が凍ったのがわかった。
 団長たちの顔から笑みが消えた。

 なに、やってんだボクは?
 そう頭の冷静な部分がささやくが、もう遅い。

「なんだァ、テメェ文句あんのかァ?」

 リョウの鋭い視線がボクを射抜く。
 ボクは恐怖で縮こまった。

 なんで引き止めてしまったのか。
 早くも後悔がやってくる。

 けど、仕方ないだろ!? 口が勝手に動いたんだ!
 ボクの意思じゃない!

 理由なんて自分でもわからないのだ。
 独占欲か、所有欲か。

 はたまた、ひな鳥が最初に見たものを親と思うのと同じ。
 この世界で最初に出会ったのが彼女だったからか……。

 頭の中で、ごちゃごちゃした感情が入り交じっていた。
 けれど、唯一……。

(――奪われたくない)

 そう思ったことだけは事実だった。
 リョウが長いため息を吐いた。

「まァた、だんまりかよォ。テメェみてえなクズ野郎に、オレがありがたァい教示を述べてやろォかァ?」

 リョウはいっこうに答えようとしないボクへしびれを切らした。
 魔銃の銃口をこちらへと向けた。


「――クズは死ね」


 そのとき「団長!」と横合いから声が飛んできた。
 引き金に振れていたリョウの指が止まる。

「こ、これを見てください! 鑑定結果が上がった、のですが」

「なんじゃぁい、どうしたぁ?」

「いえ、それが……」

 団長に駆け寄った奴隷商人の手には、インスタントカメラのような見た目をした魔導具があった。
 彼はそこから排出された金属板を団長へと手渡している。

「こいつぁ!」

「いったいどうしやしたァ、団長ォ?」

 漏らした団長の声に、リョウが反応する。
 いったいなにごと!?

「そいつを殺すんはちぃとばかし、早いかもしれんぞぉリョウ。もしかするとそのあんちゃん、ずいぶんとおもしろかぁ男かもしれぬ」

「そうですかァ? オレァただのクズに見えますけどねェ」

 理由はわからないが、もしかすると助かるかもしれない!?
 それにふたりの発言は、ある意味で両方とも正解だ。

 団長の言うとおり、ボクはこの世界において普通ではない。
 そもそもがこの世界の住人ではないし、飛び抜けた職業レベルを持っている。

 と同時に、リョウの言葉はボクの本質を突いている。
 さすがは奴隷商人だけあって、人を見る目はあるらしい。

 さっき『鑑定結果』と言っていたな?
 まさかさっきの魔導具は、他人の職業レベルを読み取る装置だったのか?

 会話の裏で、ボクみたいな弱そうな男にまで徹底している。
 隙も容赦もない。

「あんちゃんよぉ、さっきから質問ばっかで申し訳ないんやけどのぉ、もうちぃとばかし付き合ぅてくれんかぁ? イエス・オア・ノーの簡単な問題じゃけぇ。いやなぁに、いくつもとは言わん。たったひとつだけ答えてくれりゃぁ、それでいぃ」

「……ほん、と、うに?」

「もちろんだとも! 答えてくれりゃぁ、わしらはあんちゃんを生きて返そう! もちろん、リョウたちにも手ぇは出させんと約束しよう」

 ボクはすぐさまその言葉に飛びついた。
 生き残れるなら、なんだってしてやる!

「じゃあ聞くけぇのぉ。あんちゃん。そこで伸びとぉテオオザルは、あんちゃんが奴隷化テイムした魔物かぇ?」

 え? そんな簡単な質問でいいのか!?
 ボクはてっきり『職業レベルが高い理由』なんかを聞かれると思っていたのだが。

 つまり、あの魔道具で読み取られたのはボクの職業レベルではない?
 テオのステータスを確認しただけ、ということか?

 そういえばNPCたちにステータスウィンドウが見えているのか、ボクは知らない。
 もし、わざわざ調べないとそれすらわからないのだとすれば……。

(――これは、使える)

 ボクは『こんなことで命が買えるなら』とコクコク頷いた。
 団長は「ふむ」とあごに手を当てて考える。

「のぅ、リョウ? これをどう捉えるかのぉ?」

「つまり、こいつァオレたちの同業者。奴隷商ってェことですかァ」

 リョウはその表情を引き締めていた。
 アーサルトにマジックを向けられてすら、出さなかった緊張の色がそこにはあった。

「そいつァ――マズイですね」

「『鑑定器』でもそう出とるのぅ。ほれ、見てみぃ」

 団長がリョウへと金属板を手渡す。

「Lv.12、職業『テイマー』。本当にそいつがそのテオオザルを奴隷化したのか、はたまた奴隷化したものを譲られただけかはわからねェですが、奴隷商人であることは間違いねェですね」

 いやいや、なんでそうなる!?
 俺はただのテイマーで、同業者ってわけじゃあ……。

(……あっ)

 そうか、この世界においてソレ・・は同じ意味なんだった!?
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】真面目な探索者は気楽な変態になりたい

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:2

【R18】紅の獅子は白き花を抱く

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:412

ウルヴズ・ナイト 〜狼の愛は血の香り〜

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:35

エロ百合守護者と勇者の孫娘〜エロ触手美少女モン娘×光の勇者と大魔女の孫娘

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:3

能力1のテイマー、加護を三つも授かっていました。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:11,183pt お気に入り:2,237

無慈悲な正義と女難

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:9

【完結】ミックス・ブラッド ~異種族間の混血児は魔力が多め?~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:333pt お気に入り:65

騎士団長様からのラブレター ーそのままの君が好きー

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:669pt お気に入り:314

再投稿【女攻め】小柄な女上官をなめていたら、体で教え込まれる訓練兵

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:2

処理中です...