3 / 8
2.ゲームの世界には転生したくない主婦
しおりを挟む
苦情処理係は異世界転生課に寄せられる様々な苦情を処理する係である。
転生者に説明している際に難癖をつけられ、どうにも収拾がつかなくなって呼ばれることもあるし、転生後に苦情が寄せられ、回答を伝達しに行かねばならないこともある。
だがもっとも多いのは、説明時になかなか受け入れてもらえなかったり、他の世界がいいなどごねられたときの助っ人要員である。
「そんなに嫌そうな顔しないで、前向きに行きましょうよ~」
早速呼ばれたのがその現場であり、クリスタラーゼはうんざりと座り込むミスリルナに代わってにこやかな笑顔を振りまいた。
向かい合って床に横座りする女性は口元に皺が目立つ年頃で、ひたすらに「よく理解できないのよ」と繰り返した。
「私にはどうも、ゲームの世界に転生っていうのが、よくわからないのよね。なんでゲームの世界に入るの? 虚構じゃない。虚構の中で生きてて、それは生きてることになるの? 所詮作り物でしょ? そこに生きた世界はあるの?」
「あー、そういうことを考えてたんですねー、なるほどなるほど」
ここで否定してはいけない。
まずは相手が考えていることを吐き出しきらないと、こちらの話を聞く気にはなれないものなのだ。
「だって。昔は本の世界に吸い込まれる、というのが定番だったけど、ゲームの世界って、ねえ? おかしくない?」
問われれば答えないわけにはいかない。
「そうですねえ。本だって同じことのように私は思いますが」
「本には史実だってあるわ。偶然開いた歴史書に吸い込まれて、って、あれならわかるのよ」
「あー、なるほど」
確かに日本では数十年前からそういった読み物は多くあった。当時の定番であったと言ってもいいだろう。
「だから、きっかけが本だっただけで、実際はタイムリープなわけよ。それなら理解できるのよ。過去なだけで、確かに現実なんだから」
飛んだ先が異国であることは多いが、虚構ではないというのが女性――タガワ トシコと言ったか――の考える、ゲームとの大きな違いなのだろう。
「でも、フィクションの本の世界に吸い込まれる、というパターンもよくありましたよね」
「あったわね。だけど本は生きてるのよ。書かれていない背景も存在するの。描かれている人々も、本に記されている以前、以後にも人生があるわけよ。本には創作者の魂が宿るじゃない。だからそれは納得できるの」
なるほど。惜しいところまでは納得できているわけなのか。
それならば望みはあるのかもしれない。
ゲームの世界というところだけクリアできればいいのだから。
「それなら、ゲームも同じではないでしょうか? 描かれていない設定とかもあるでしょうし」
「でもゲームは、基本的には複数人によって作られるものでしょ? いろんな人の案の持ちよりじゃない。実はこうだった、的な設定があったとしても、採用されなかったりもする。矛盾する設定もあったり、中途半端なところで終わっていたり、シナリオも分岐するわけで一本筋が通っていないのよ。そこに魂は宿らないわ」
ほっほ~~。
なるほど、なるほど。
おぬし。結構ツウじゃな?
彼女はゲームか、はたまたそういう転生の小説などをよく読んでいたのだろう。
だからこそ思うところもあるのだ。
「職人の創作物には魂が宿ることがあります。ですが伝統的な工芸品とて、一人で作るわけではないものも数多あります。例えば和傘や扇は紙漉き職人と骨組みを作る人は別ですし。ですからゲームもそれと同じと考えては?」
クリスタラーゼの言葉に、タガワさんはしばらく黙り込み、やがて頷いた。
「なるほどね。疑問は大体解けたわ」
ミスリルナは目に見えてほっと肩を下ろした。
「では、引き続き説明させていただきますね」
「いえ? 理屈はわかったけど、やっぱりゲームの世界は嫌よ」
振り出しに戻ったようだ。
ミスリルナはげんなりとクリスタラーゼを見た。
あまりこの世界の理に触れるわけにはいかないのだが、仕方ない。
「タガワさん。申し訳ないのですが、タガワさんをこの異世界に転生させることをお決めになられたのは、神なのです。私たちが転生先を変更することはできないのです」
「じゃあ神様に掛け合ってきてちょうだい。私の大事な人生なんだから、できる限りのことはしてほしいわ」
言っていることはごもっともだ。
しかし困ったことになった。
一応転生先はランダムではなく、理由があって決められている。
おそらくタガワさんは、趣味で様々な教室に通っていたことから、その知識をもって転生することで異世界の文化を発展させることも見込まれたのだろう。
そのことを話すわけにはいかず、何度もミスリルナとクリスタラーゼ二人がかりで説得を試みたが、まるで埒が明かなかった。
「では、わかりました。一応お伺いを立ててきますのでしばらくお待ちいただけますか?」
仕方なくそう告げれば、ようやっとタガワさんも頷いた。
「ちょっと、いいの?」
ミスリルナに小声で訊かれるが、ここまできたら仕方ない。
ミスリルナもクリスタラーゼも仕事がつかえているのだ。
「うーん。一応苦情処理係に対応しきれないことは神様にお伺いを立てるルートもあるから。係長に相談してみる」
小声でそう返して、クリスタラーゼはその場から姿を消した。
……□……□……
「結局タガワさん、転生してくれたのね」
ぐったりと肩を落として休憩室にやってきたミスリルナに「お疲れ」と声をかけると、静かな頷きが返った。
「まあね。あの世に行くよりはマシなんでしょうね」
クリスタラーゼはあの空間には戻らなかった。
『選択できるのは異世界転生かあの世のいずれかである』
と記した紙を届けただけだ。
「私も今回のことで初めて知ったんだけどね。違う世界がいいってごねられたときのお決まりらしいわよ。係長に相談したら、速攻であのテンプレもらったの」
そしてそれをわざわざ告げに行かず、突き放すように紙だけを送ったのは、それが最後通告であると知らしめるためだ。
「だけどさ、神様も報われないわね。転生者が思った通りの動きをするとは限らないんだもの」
ミスリルナのため息に、クリスタラーゼは何事かを察した。
「あー……。文化の発展よりも、若返ったことでテンション上がっちゃって男漁りに精を出し始めちゃった系?」
「正解」
二人はそっと視線を交わし合い、どちらからともなく逸らした。
「これは……また新たな転生者が送り込まれることになるわね」
「そうね。その二人が出会ったりしてややこしいことになったりしなきゃいいんだけどね」
ぶりっこしまくり、男を囲いこみまくる女と、持ち前の明るさと積極性で道を切り開き、人を惹きつける女がやがて対立していく構図は、これまでも嫌と言うほど見た。
双方が転生者である事例も最近少なくない。
「また苦情が来たりしなきゃいいんだけど」
異世界転生課の仕事も、苦情処理係の仕事も、尽きない。
転生者に説明している際に難癖をつけられ、どうにも収拾がつかなくなって呼ばれることもあるし、転生後に苦情が寄せられ、回答を伝達しに行かねばならないこともある。
だがもっとも多いのは、説明時になかなか受け入れてもらえなかったり、他の世界がいいなどごねられたときの助っ人要員である。
「そんなに嫌そうな顔しないで、前向きに行きましょうよ~」
早速呼ばれたのがその現場であり、クリスタラーゼはうんざりと座り込むミスリルナに代わってにこやかな笑顔を振りまいた。
向かい合って床に横座りする女性は口元に皺が目立つ年頃で、ひたすらに「よく理解できないのよ」と繰り返した。
「私にはどうも、ゲームの世界に転生っていうのが、よくわからないのよね。なんでゲームの世界に入るの? 虚構じゃない。虚構の中で生きてて、それは生きてることになるの? 所詮作り物でしょ? そこに生きた世界はあるの?」
「あー、そういうことを考えてたんですねー、なるほどなるほど」
ここで否定してはいけない。
まずは相手が考えていることを吐き出しきらないと、こちらの話を聞く気にはなれないものなのだ。
「だって。昔は本の世界に吸い込まれる、というのが定番だったけど、ゲームの世界って、ねえ? おかしくない?」
問われれば答えないわけにはいかない。
「そうですねえ。本だって同じことのように私は思いますが」
「本には史実だってあるわ。偶然開いた歴史書に吸い込まれて、って、あれならわかるのよ」
「あー、なるほど」
確かに日本では数十年前からそういった読み物は多くあった。当時の定番であったと言ってもいいだろう。
「だから、きっかけが本だっただけで、実際はタイムリープなわけよ。それなら理解できるのよ。過去なだけで、確かに現実なんだから」
飛んだ先が異国であることは多いが、虚構ではないというのが女性――タガワ トシコと言ったか――の考える、ゲームとの大きな違いなのだろう。
「でも、フィクションの本の世界に吸い込まれる、というパターンもよくありましたよね」
「あったわね。だけど本は生きてるのよ。書かれていない背景も存在するの。描かれている人々も、本に記されている以前、以後にも人生があるわけよ。本には創作者の魂が宿るじゃない。だからそれは納得できるの」
なるほど。惜しいところまでは納得できているわけなのか。
それならば望みはあるのかもしれない。
ゲームの世界というところだけクリアできればいいのだから。
「それなら、ゲームも同じではないでしょうか? 描かれていない設定とかもあるでしょうし」
「でもゲームは、基本的には複数人によって作られるものでしょ? いろんな人の案の持ちよりじゃない。実はこうだった、的な設定があったとしても、採用されなかったりもする。矛盾する設定もあったり、中途半端なところで終わっていたり、シナリオも分岐するわけで一本筋が通っていないのよ。そこに魂は宿らないわ」
ほっほ~~。
なるほど、なるほど。
おぬし。結構ツウじゃな?
彼女はゲームか、はたまたそういう転生の小説などをよく読んでいたのだろう。
だからこそ思うところもあるのだ。
「職人の創作物には魂が宿ることがあります。ですが伝統的な工芸品とて、一人で作るわけではないものも数多あります。例えば和傘や扇は紙漉き職人と骨組みを作る人は別ですし。ですからゲームもそれと同じと考えては?」
クリスタラーゼの言葉に、タガワさんはしばらく黙り込み、やがて頷いた。
「なるほどね。疑問は大体解けたわ」
ミスリルナは目に見えてほっと肩を下ろした。
「では、引き続き説明させていただきますね」
「いえ? 理屈はわかったけど、やっぱりゲームの世界は嫌よ」
振り出しに戻ったようだ。
ミスリルナはげんなりとクリスタラーゼを見た。
あまりこの世界の理に触れるわけにはいかないのだが、仕方ない。
「タガワさん。申し訳ないのですが、タガワさんをこの異世界に転生させることをお決めになられたのは、神なのです。私たちが転生先を変更することはできないのです」
「じゃあ神様に掛け合ってきてちょうだい。私の大事な人生なんだから、できる限りのことはしてほしいわ」
言っていることはごもっともだ。
しかし困ったことになった。
一応転生先はランダムではなく、理由があって決められている。
おそらくタガワさんは、趣味で様々な教室に通っていたことから、その知識をもって転生することで異世界の文化を発展させることも見込まれたのだろう。
そのことを話すわけにはいかず、何度もミスリルナとクリスタラーゼ二人がかりで説得を試みたが、まるで埒が明かなかった。
「では、わかりました。一応お伺いを立ててきますのでしばらくお待ちいただけますか?」
仕方なくそう告げれば、ようやっとタガワさんも頷いた。
「ちょっと、いいの?」
ミスリルナに小声で訊かれるが、ここまできたら仕方ない。
ミスリルナもクリスタラーゼも仕事がつかえているのだ。
「うーん。一応苦情処理係に対応しきれないことは神様にお伺いを立てるルートもあるから。係長に相談してみる」
小声でそう返して、クリスタラーゼはその場から姿を消した。
……□……□……
「結局タガワさん、転生してくれたのね」
ぐったりと肩を落として休憩室にやってきたミスリルナに「お疲れ」と声をかけると、静かな頷きが返った。
「まあね。あの世に行くよりはマシなんでしょうね」
クリスタラーゼはあの空間には戻らなかった。
『選択できるのは異世界転生かあの世のいずれかである』
と記した紙を届けただけだ。
「私も今回のことで初めて知ったんだけどね。違う世界がいいってごねられたときのお決まりらしいわよ。係長に相談したら、速攻であのテンプレもらったの」
そしてそれをわざわざ告げに行かず、突き放すように紙だけを送ったのは、それが最後通告であると知らしめるためだ。
「だけどさ、神様も報われないわね。転生者が思った通りの動きをするとは限らないんだもの」
ミスリルナのため息に、クリスタラーゼは何事かを察した。
「あー……。文化の発展よりも、若返ったことでテンション上がっちゃって男漁りに精を出し始めちゃった系?」
「正解」
二人はそっと視線を交わし合い、どちらからともなく逸らした。
「これは……また新たな転生者が送り込まれることになるわね」
「そうね。その二人が出会ったりしてややこしいことになったりしなきゃいいんだけどね」
ぶりっこしまくり、男を囲いこみまくる女と、持ち前の明るさと積極性で道を切り開き、人を惹きつける女がやがて対立していく構図は、これまでも嫌と言うほど見た。
双方が転生者である事例も最近少なくない。
「また苦情が来たりしなきゃいいんだけど」
異世界転生課の仕事も、苦情処理係の仕事も、尽きない。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした
藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると
土地を蝕む邪気となって現れる。
それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。
派手な奇跡は起こらない。
けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
お気に入り・感想、宜しくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる