【R-18▶︎BL】21時、外はざあざあ降りの雨だった。

きやま

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 21時、相も変わらず外はざあざあ降りの雨だった。

 大きなガラスに雨粒ができては落ちていくのを甘森はじっと見ていた。日中は雨の中でもそれなりに客が来ていたが、この時間ともなると店内は閑散としたものだった。店長も用事があると言って少し前に帰ってしまったので、甘森は一橋と2人きりだった。業務もほとんど終えてしまってやることもなく、気まずさから一橋の存在を無視するように外を眺めていた甘森だが、ふと一橋が近づいてくる気配に身を竦めた。

「甘森さん、今日は色々と教えてくださってありがとうございました。甘森さんの教え方、とても丁寧で勉強になります」

 背後からかけられる人懐っこい声に甘森は振り向くことなく「はあ」と気の抜けた返事を返すが、一橋は気にせず言葉を続けた。

「よかったら、その……一緒に帰りませんか?甘森さんの家、駅までの道にありますよね?俺の住んでるところもそっち方面なんです」
「なんで?」
「え?」

 甘森は振り返り一橋の顔を見た。断られるはずがないと思っているのか、一橋は甘森の言葉に少なからず動揺しているように見える。

「なんで俺があんたと帰らなきゃいけないの」

 冷たい声に一橋はポカンとした顔を見せたが、すぐにいつものように優しげな笑みを浮かべて困ったように眉を下げた。

「あっ、なんか用事とかありましたか?すみません、無神経でしたね……じゃあ、明日はどうですか?」

 さりげなく肩に触れられ顔を覗き込まれると、ゾッとした。なんだこいつは?人好きする一橋の笑顔が妙に気持ちが悪かった。

「無理」

 深夜帯のバイトが「お疲れ様でーす」と緩い挨拶とともにやってきたのを確認すると、甘森はさっさと退勤の処理をしてスタッフルームへと立ち去った。一橋は素っ気なく立ち去る甘森の後ろ姿をただじっと眺めていた。獲物を狙う捕食者のように、奥の見えない瞳でただじっと眺めていた。



 意味もなく傘を回して降ってくる雨を弾きながら、溜息を吐いた。一橋のことを考えると頭が痛くなるので本当はなるべく考えたくなかったが、どうにもそういう訳にはいかない。何かがおかしくなっているんじゃないかと甘森は懸念していた。

 昼間、支えられた時に胸をかすめた一橋の手の感覚がどうにも肌に張り付いて離れない。ホコリを払うようにして服の胸元をパッパッと手で払ってみるが、その行動が意識していると言わんばかりで不快に思ったのですぐに止めた。気に喰わない相手の一挙一動に惑わされている、その事実が何よりも煩わしい。シフトを変えることも考えてみたが、何か悪いことをしている訳でもないのに自分が一橋に遠慮するのは負けた気がして嫌だった。

 それが甘森の犯した大きなミスだった。


 ◆◆◆


「甘森さん、もっと近くで見てみてください」
「っ、おい……!」

 一橋は甘森の腰に腕を回し、後ろから抱き寄せるようにしてその体を引き寄せた。狭い個室で甘森の尻と一橋の下半身が密着するような体制に、甘森は不快感を隠すことなく眉を潜めて声を荒げる。離れようと抵抗するが、力の差からあっけなく動きを封じられ、甘森は目の前の便座に手をついた。意図せず一橋の下半身に尻を押しつけるような体制に恥じらいから頬に朱がさすが、一橋は普段と何も変わらない笑顔で甘森を見つめている。

「は、なせ……っ」

身をよじって一橋を見上げると、一橋はそんな甘森を見下ろしながらにっこりと微笑んだ。

「甘森さん、この間もよろけてましたよね?腰が細いから重心が安定しないのかな……。俺、ちゃんと支えてますから安心してください」

 話が通じない、と甘森は即座に理解した。怪物を目の前にしたような表情で一橋を見てしまうが、一橋に気にした様子はない。むしろ上機嫌そうに見えるのがより一層不気味に感じられた。

「トイレ掃除、俺ちゃんとできてますかね?いつも甘森さんが行き届かない部分をやってくれていたじゃないですか。今回初めて俺1人でやったのでちょっと不安で」

 強制的に下を向かされる無理な体制を取らされていることもあり、頭に血が上って掃除の確認どころではなかったが、かろうじて甘森は声を絞り出す。

「できてる、できてるから……っ、もう放せって」

 慣れない体制に息も絶え絶えになりながら甘森がそう懇願すると、一橋は甘森の腹に当てていた手を胸まで撫でるようにスライドさせ、そのまま自分の体へ引き寄せるようにして甘森を立たせた。予告のない急な動きに甘森は「ぐっ」と吐き気を堪えるような呻き声をあげる。


「それなら良かったです。甘森さんに確認してもらえて、助かりました」
「………………そりゃ良かったな」

 一歩後ろに下がれば触れてしまいそうなほど近くにある一橋の顔を振り返るように見上げながら、甘森は拘束の弱まった彼の腕を振り払うようにして距離をとった。ぶっきらぼうな甘森の言葉にも臆することせず、一橋はにこにこと変わらず甘森を見つめている。悪態の一つでも吐きたいところではあったが、話の通じない相手には何を言っても無駄だと判断した甘森は「今後はこういうのでいちいち呼ばなくていいから」と吐き捨てるように言った後に一橋を振り返ることなくレジへと戻っていった。

 一橋に触れられた場所を今すぐに水で洗い流したいような気分だった。
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