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しおりを挟む一橋を叱り付けて泣かせた翌日から、彼はやたらと甘森を頼るようになった。
今までは甘森に対してどこかおどおどしたような、不安げな瞳を向けていた一橋だが、ここ最近は積極的に甘森に話しかけて隙あらばその体に触れた。甘森はそんな一橋の目まぐるしい変化に困惑し、彼の視線やスキンシップを気味悪くさえ思っている。ただでさえ他人とのコミュニケーションが得意でない甘森にとって、一橋のような友人が多く明るいタイプの人間は疎ましかった。「甘森さんは趣味とかあります?」「今度この映画観に行きませんか?」なんて業務外の話をされるだけでも不快だったのだ。
だから甘森は決意した。『一橋を徹底的に避ける』ことを。
◆◆◆
「甘森さん、あのこれ――」
「無理。それ店長に聞いて」
一橋の業務ができているかどうかの判断を全て店長へ委ねた。
「甘森さん!今日――」
「お疲れ様」
一緒に帰ろうと何度も声をかけてきた一橋の言葉を、毎回遮るようにして1人でさっさと帰った。
「あの、良かったら今度――」
「…………」
業務外の誘いについては言葉を返すこともせず、全て無視をした。
甘森は一橋を徹底的に避けた。誰の目から見ても明確に、露骨な態度でこれまで以上に冷たい対応を取った。一橋を可愛がっている店長やシフトの被ったバイトから軽蔑するような視線を感じたが、一橋から意味もなく絡まれるよりもそっちの方がずっと良かった。店長がどれだけ甘森のことを嫌っても、業務をそつなくこなす自分のことをクビにすることはないと甘森はわかっていた。態度がどれだけ粗悪であっても甘森は真面目で勤勉な男であるため、人材として重宝するのだ。
――だから、少し傲慢になっていたのかもしれない。
「甘森くん、一橋くんに仕事を教える気がないなら今後のシフトは変更させてもらうから」
「は…………?」
いつもよりも少し早く出勤したスタッフルームの暗がりには店長と甘森の2人だけしかいない。ロッカーで着替えの上着を取り出した甘森にかけられた言葉は冷たく、心を刺すようなものであった。
「一橋くん、最近全然元気ないのよ。甘森くんが無視するせいで。……だから一橋くんのシフトに被ったところの甘森くんのシフトを無くさせてもらうつもり」
「ま、待ってください。それじゃあ俺のシフトは減るだけってことですか?というか、個人の人間関係について店長が口出せるんですか?そんな、急に……」
「急じゃない。きみはこの1ヶ月間、一橋くんに以前よりもずっと冷たく当たってたよね?……確かに個人間のことに私は口を挟めないけど、一橋くんはここに仕事をしに来ているの。それは甘森くんも同じ。無理に仲良くしろなんて言わない……だけど、同じシフトの子に気を遣うくらいはしてもらわないと困るの。コンビニのバイトだからって仕事仲間に辛く当たるのは非常識よ」
店長の険を帯びた言葉に甘森は息をのんだ。何か反論しなければと口を開くが、言葉が出てこずそのまま何度か開閉を繰り返して結局は口を閉じた。店長の言っていることが正しいことをわかっていたが、それでも自分への不当な扱いに納得はできなかった。
「じゃあそういうことで、次のシフトから変更させてもらうね。お金足りないのなら……深夜とか早朝のシフトを少し調整してみるから」
話はこれでおしまいと言うように、店長は甘森へ背を向けパソコン作業を始めてしまった。甘森はそんな彼女の背をしばらく唖然とした様子で見ていたが、シフトの開始時間が迫っていることを思い出しさっさと着替えてレジへと向かった。
「甘森さん、おはようございます」
出勤の処理をしてレジ回りの業務を行なっていると、入店した一橋が甘森へ向かってにこやかに挨拶をしてきた。いくら避けているとはいえ今までは挨拶くらいは「どーも」など適当に返していたが、今日はその声に反応することなく無視をした。そんな甘森の対応に一橋の表情が一瞬固まったが、何事もなかったように軽く頭を下げてスタッフルームへと入っていく。スタッフルームへ続く扉が閉まった音を聞き、甘森は肩の力を抜いて緊張を吐き出すかのように軽く息を吐いた。
今日が一橋と仕事をする最後の日だが、甘森には仲良くする気などさらさら無い。今日で最後なら一言も話さず無視をしてやろうと思ったのだ。店長が一橋を気にしているのは態度の悪い自分が一緒のシフトにいるからだと誰に言われなくても甘森はわかっていはいたが、それでも自分の仕事の出来には自信があった。それさえも雑に評価された気がして、甘森は納得ができなかったのだ。だからこんな大人気ないことをしている。
ガララ……と再び控えめにスタッフルームに続く扉が開く音がした。甘森の不機嫌さを感じ取っているのか、一橋が控えめにレジ内へと入ってくる。
「えと……甘森さん、おはようございます」
隣のレジから様子を伺うように、一橋は控えめに微笑みながら甘森へ声をかけた。甘森はもちろんその声を無視し、ホットスナックの補充など黙々と作業をこなし始めた。一橋の横を無表情で通り抜けて作業をする甘森に、一橋は唖然とした顔をして立ちすくんでしまう。
「あ、は……」
覇気のない声で無理やり笑い、後頭部を掻く一橋の様子を横目で見た甘森は少し罪悪感のようなものを覚えたが、それでも自分の態度を改めるほど精神的に大人ではなかった。たまにやってくる客のレジ対応をしつつ、バックヤードの作業に勤しむことでなるべく一橋の顔を見ないで済むように作業をした。たまたま飲料系の補充が多くて助かったな、なんてことを思いながら。
「あ、甘森さん……お疲れ様でした……」
退勤時に不安そうにそう言った一橋のことも、もちろん甘森は無視をした。
◆◆◆
帰路に着く甘森の足取りは、不思議といつもよりも軽やかだった。
本来であれば明日も一橋とシフトを共にするはずだったが、それも今日限りで無くなってしまった。今後のシフトがどう変わっていくのかはまだわからないが、一橋と一緒に仕事をすることがいつしか自分にとっても負担だったのだと甘森は自覚した。
一時的に収入は減るが、その分空いた時間に他のバイトを検討してもいいかもしれない。普段はとても浮かばないような前向きな感情が湧いてくる。そうだ、この機会に違うコンビニでバイトしてもいいし、なんなら飲食店とかもっと違う業種に挑戦してみたっていいじゃないか。そう思うと少し心が躍った。次はもっと人とか関わらなくていいような工場系もありかもな、明日は休みになったから1日検討してみよう……なんて、珍しく笑顔を浮かべた。
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