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本編
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「本当にマンションなのか?億だろ、これ」
「吾妻それうち来る度に言うよね。……はいお茶」
ことり、とテーブルに透明なカップに入った緑茶が置かれる。篠宮は一緒に持ってきたおしゃれな紙でできた四角い箱をテーブルの真ん中に置くと、俺の向かい側に腰を下ろした。
「これ、この間取引先の人にもらった海外のお菓子。なんか美味しいらしいよ、たぶん吾妻好きなんじゃないかな、ほら」
「へえ……」
篠宮が箱を開くと、中には色とりどりのアルミで包装されている飴玉のような小さな包みが並んでいた。その中から篠宮が適当につまんだ青い包装のものが俺の掌に乗せられる。促されるままに包みを開いてみれば、華やかなチョコレートの香りが鼻腔をくすぐった。美しい宝石のようなチョコレートを口の中へ放れば、香りに違わない華やかな味わいが舌の温度で溶けてゆく。
……緊張していた。今日ここに来るために電車に乗っていた時から。いや、本当はあの日……篠宮と今日の約束を取り付けた日から、ずっと。篠宮もそんな俺の緊張を感じ取っているのか、わざと明るく普段通りに振る舞っているのだと思う。決して話題を急かさず、俺が話さなければ今日は何事もなく終わってしまうのだろう。
「……篠宮、俺……」
「……あ、そうだ。吾妻の欲しいって言ってた本が――」
「篠宮」
話題をそらして何処かへ行こうと腰を浮かせた篠宮の腕を掴んで止めた。篠宮は一瞬不意をつかれたように目を丸くしたが、すぐに観念したかのように目を伏せて浅く息を吐き出した。そして再び腰を下ろして俺へ向き直る。澄んだ茶色の瞳を真っ直ぐ見つめ返しながら、俺も覚悟を決めて口を開いた。
「高校の頃、篠宮は俺が好きだって言ったよな。……あの時、俺は相応しくないって思った。なんでもできる篠宮に、俺みたいなΩ……とてもじゃないけど釣り合わないって。だから、大学に入れば篠宮もきっと……全部勘違いだったって、俺の存在が篠宮の中で薄くなっていくんだって思った」
「っ、……」
篠宮は何かを言おうと口を開いたが、俺の話を聞くためにグッと言葉を呑んでくれた。口にはしないものの、篠宮の強い瞳は言葉よりも雄弁に何かを言っているように感じたが、今は話を続ける。
「でも、結局篠宮は大学3年になった今でもこうして、俺に時間を割いている。俺よりずっと忙しいはずなのに、会いに来るのはいつも絶対篠宮から。仕事だってかなりの量を任されているはずなのに、……俺の前では一回も仕事をしてたことないよな」
テーブルの上に放り出されている篠宮の両手にそっと外側から包むように触れる。触れればビクッと大げさなくらいに跳ねたが、拒む様子はない。俺は篠宮の手の感触を確かめるように手の甲を撫でながらその手を握り込んだ。冷えた篠宮の手とは裏腹に、俺の血は沸騰しそうなほど熱かったと思う。
「……なあ。それってさ、今でも俺が好きなんだって思ってもいいのか?俺、篠宮に釣り合う人間じゃないって自分でわかってるんだ。ずっとわかってた。わかってるのに、もう……自分の立場をわきまえるの、やめたくなった」
「吾妻……」
篠宮の口から溢れた安堵の声色に、俺もふっと軽く息を吐き出した。
「好きだよ、篠宮。待たせてごめん」
「……僕も、ずっと好きだよ、吾妻。……本当、底抜けに鈍いんだから」
目を潤ませながら眉を下げて笑う篠宮に、俺もブレる視界の中で笑い返した。
「あ、ねえ。じゃあキスしてもいい?」
「軽いな……いちいち聞くなよ」
いつものように軽い調子の篠宮にそう返せば、テーブルに身を乗り出して篠宮は俺に顔を近づける。吐く息を交換できそうなほど近くで香る篠宮の匂いが、俺にも移ってしまえばいいのにと思った。
緊張で震えているのは俺なのか篠宮なのか、優しく重なった唇の熱が溶け合う中で俺はそんなくだらないことを考えた。
「吾妻それうち来る度に言うよね。……はいお茶」
ことり、とテーブルに透明なカップに入った緑茶が置かれる。篠宮は一緒に持ってきたおしゃれな紙でできた四角い箱をテーブルの真ん中に置くと、俺の向かい側に腰を下ろした。
「これ、この間取引先の人にもらった海外のお菓子。なんか美味しいらしいよ、たぶん吾妻好きなんじゃないかな、ほら」
「へえ……」
篠宮が箱を開くと、中には色とりどりのアルミで包装されている飴玉のような小さな包みが並んでいた。その中から篠宮が適当につまんだ青い包装のものが俺の掌に乗せられる。促されるままに包みを開いてみれば、華やかなチョコレートの香りが鼻腔をくすぐった。美しい宝石のようなチョコレートを口の中へ放れば、香りに違わない華やかな味わいが舌の温度で溶けてゆく。
……緊張していた。今日ここに来るために電車に乗っていた時から。いや、本当はあの日……篠宮と今日の約束を取り付けた日から、ずっと。篠宮もそんな俺の緊張を感じ取っているのか、わざと明るく普段通りに振る舞っているのだと思う。決して話題を急かさず、俺が話さなければ今日は何事もなく終わってしまうのだろう。
「……篠宮、俺……」
「……あ、そうだ。吾妻の欲しいって言ってた本が――」
「篠宮」
話題をそらして何処かへ行こうと腰を浮かせた篠宮の腕を掴んで止めた。篠宮は一瞬不意をつかれたように目を丸くしたが、すぐに観念したかのように目を伏せて浅く息を吐き出した。そして再び腰を下ろして俺へ向き直る。澄んだ茶色の瞳を真っ直ぐ見つめ返しながら、俺も覚悟を決めて口を開いた。
「高校の頃、篠宮は俺が好きだって言ったよな。……あの時、俺は相応しくないって思った。なんでもできる篠宮に、俺みたいなΩ……とてもじゃないけど釣り合わないって。だから、大学に入れば篠宮もきっと……全部勘違いだったって、俺の存在が篠宮の中で薄くなっていくんだって思った」
「っ、……」
篠宮は何かを言おうと口を開いたが、俺の話を聞くためにグッと言葉を呑んでくれた。口にはしないものの、篠宮の強い瞳は言葉よりも雄弁に何かを言っているように感じたが、今は話を続ける。
「でも、結局篠宮は大学3年になった今でもこうして、俺に時間を割いている。俺よりずっと忙しいはずなのに、会いに来るのはいつも絶対篠宮から。仕事だってかなりの量を任されているはずなのに、……俺の前では一回も仕事をしてたことないよな」
テーブルの上に放り出されている篠宮の両手にそっと外側から包むように触れる。触れればビクッと大げさなくらいに跳ねたが、拒む様子はない。俺は篠宮の手の感触を確かめるように手の甲を撫でながらその手を握り込んだ。冷えた篠宮の手とは裏腹に、俺の血は沸騰しそうなほど熱かったと思う。
「……なあ。それってさ、今でも俺が好きなんだって思ってもいいのか?俺、篠宮に釣り合う人間じゃないって自分でわかってるんだ。ずっとわかってた。わかってるのに、もう……自分の立場をわきまえるの、やめたくなった」
「吾妻……」
篠宮の口から溢れた安堵の声色に、俺もふっと軽く息を吐き出した。
「好きだよ、篠宮。待たせてごめん」
「……僕も、ずっと好きだよ、吾妻。……本当、底抜けに鈍いんだから」
目を潤ませながら眉を下げて笑う篠宮に、俺もブレる視界の中で笑い返した。
「あ、ねえ。じゃあキスしてもいい?」
「軽いな……いちいち聞くなよ」
いつものように軽い調子の篠宮にそう返せば、テーブルに身を乗り出して篠宮は俺に顔を近づける。吐く息を交換できそうなほど近くで香る篠宮の匂いが、俺にも移ってしまえばいいのにと思った。
緊張で震えているのは俺なのか篠宮なのか、優しく重なった唇の熱が溶け合う中で俺はそんなくだらないことを考えた。
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