痛がり

白い靴下の猫

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7.あかりと敦子の事前準備

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優が両親の仕事仲間だったこともあり、あかりにとって、幼なじみふたりの生家である神崎家との付き合いはかなりディープだ。
神崎家長女の敦子さんには家庭教師をしてもらったし、長男のさとるとは、3年ほど前に、2カ月ほどいわゆるお付き合いというものをしてみたこともある。

別れを仕掛けてきたのはさとるだが、もともと大恋愛より大失恋をしてみたい希望もあり抵抗しなかった。
別れた後は吸った息が苦く感じて、涙に焦燥が混ざる程度には凹んだので、立派な失恋体験だったと思うし、なによりその後の回復期が気持ちよかった。
毎日のように見る都合の良い夢が、悲しみでなくて懐かしさを誘うようになり、執着がほどけて、するっと抜けていく瞬間。
欲しくてたまらなかったはずのものが、生々しい感情をひっかかなくなる瞬間。
うん、これだな、求めてたのは、と。
十分堪能できたし、満足もした。

そんなわけで、別れた後もさとるには恩義を感じているくらいで、こじれてはいない。
弟の方の神崎ますみの方は、綺麗な顔と中性的な性格で懐いてくれるので、これはもうめちゃくちゃかわいい。
私のお仕事的興味も大いに満たしてくれて、見かけ的に仲間内から大好評。さとるもまあ綺麗ではあるのだが、繊細なイメージが足りないんだよなぁ。

そんな二人の母、優さんは、ものすごい優れもので。さらに言えば、旦那さんのカウルさんとかなり危ない仕事をしていた。

いや、字面だけきく分には危なくない。ホゴラシュという紛争国での資源開発にともなう、研究開発や設備投資やライセンス契約など諸々。
だが、その過程で、やたらと人が死んだとか、誘拐されたとか、拷問されたなどという物騒な話が混ざり込む。
そのせいか、さとるとますみは仕事の話から意図的に隔離されていた。
あかりは、さとる達が暗号のように使うホゴラシュ語に慣れてしまっていたので両親の仕事に引っ張り込まれ、たまに優さんから頼まれたアルバイトをしていた。それでも、事務仕事どまり。物騒なことにかかわったことはなかった。

日本基準ではませガキのあかりも、紛争国レベルで測るとただの平和ボケした子どもだったのだと思う。自分は安全なところにいて、アルバイト感覚で手伝って。危険の意味がよくわかってはいなかった。

2年前、優さんの旦那さんであるカウルさんが、私が仕事をしているパソコンの画面にWEBカメラの映像付きで割り込んできた。
「あかりさん、ですよね。優さんに内緒で助けてほしいのです」と。
印象が、優さんに見せてもらった写真と全然違う。
やわらかめだった輪郭がとがるほど痩せて、なにより目が、ね。すごかった。
狂気というと失礼なのかもしれないけれど、思いつめたとか真剣とかいうレベルを超えた迫力があって。
二つ返事で承知した。
自分のメンタルが安定している反動か、耽美な世界をお金儲けの道具にしているせいか、壊れかけたギリギリのバランスで疾走している感じの人に弱かったのだと思う。失恋してみたかったのとおんなじ感じ。

カウルさんは、優さんにばれないように、医療機器を積んだジェット機を準備したかったらしい。
頼まれた内容は、本人のふりして決裁したり、海外の口座から資金動かしたり。
なりすましではあったけれども、本人の指示に従ってやっていたので罪悪感はなかった。
カウルさんとは仲良くなっていったし、多分一生会わないかなという安心感で、お互い身近な人には話しにくい想いを打ち明け合うようにもなった。

そして1年たったころ、カウルさんになりすましのお仕事はもうすぐ終わりだと告げられて、最後の仕事を依頼される。
なりすましのアカウントにはいるメールを、1月分、中身は見ないまま、すべて既読にしてほしいこと。
ハッキングをブロックする一番高いAIセキュリティプログラムを入れてほしい事。
無事に1月が過ぎた後は、未読のまま放置しておけばアカウントが抹消されるのでさわらないでほしいこと。
特にむつかしいことでもなかったし、もとがなりすましでほめられたことでもなかったので。
特に理由を考えることもなく、言われたとおりにひと月は毎日勝手に既読がつくように設定してそのまま忘れていた。

だから、さとるからSOSメールが来て、父親に強烈な違和感をいだいているのを知って、飛び上がった。

鮮明に思い出したし、関係あるんじゃないかとすぐに疑った。

なりすましのアカウントはまだ抹消になっておらず、メールボックスをチェックするとたくさんのメールが残っていた。

既読にしたメールの中身をみて、息をのむ。
脅迫と、暴虐と、狂気の記録。
切りはなされたカウルさんが。耳と。腕と。臓器類と。髄液と。眼球と。取り外されてただのパーツにされていくカウルさんの画像が、何度も送られてきていて。
優が倒れている写真もあったが、画像が荒くて距離も遠いので、表情などは全く分からない。

取引をしよう。
希土類の研究結果を渡せ。
早く応じないと、カウルも優も死ぬ。
お前のせいだ、出てこい、と。
既読スルーをされて、焦るように、いら立つようにつみ上げられる脅迫メール。

カウルになりすますためのアカウントだが、カウル相手にカウルを切り刻む映像を送って脅すのは考えられないし、あかりは、言われたとおりに資金移動をするだけの単なるバイトで、脅迫相手の望む情報など何も持ってはいない。

誰に向けた脅迫だったのだろう。
さとる?敦子さん?

意図する相手に脅迫が届いていたら、状況は変わったのだろうか。
自分のせいでカウルさんと優さんは、死んだのだろうか。

パニックになりそうな自分をしかりつけながら、メール以外に動いている記録を見る。
月に1度の自動送金記録があった。大きな買い物をしていたころの資金移動額に比べると微々たる額。相手の名前と口座名を記録したあと、未読のメールを見るべきか悩む。
開封すれば相手に通知が行く。
さとるとますみがホゴラシュで危険にさらされている今、ささいな動きもドミノ倒しにつながりそうで怖い。

どうしていいかわからなくなって、敦子さんのところに駆け込んだ。
ごめんなさいと、優さんとカウルの死にかかわったかもしれないとわめくあかりに、敦子は、『よく来てくれたわ、実は今大変で、ほんとに助かる、ありがとう!』といって抱きついたのだ。
敦子は、さとるとますみのことしか考えなくていいといった。
カウルがわざと既読スルー状態にさせたことは間違いないし、憂の写真はごまかしているけれど死後のものだから、親の方は両方いっさい気にしないでくれといった。

敦子の『実は今大変』も本当だった。
ほれば掘る程出る、優さんの置き土産。
優の家から会社、別荘はもとより、あかりのPCやあかりの両親の仕事場にまでつながって、一大オリエンテーリング+宝探しと化した遺言と遺産と遺夢(?)大会。
遺されたものの大きさが明らかになるにつれて、敦子もあかりも『これは、まずい』と直感する。
さとるとますみが、何の作為もなく、のんびりすごそうと父親に呼ばれたはずがない。

そして、24時間後には、あかりはホゴラシュの上空を飛んでいた。

さとるとますみの安全を確保して、私は自分が何をやらかしたのか、知らなければならない。
カウルさんを切り刻むなんて、優の遺体をもてあそぶなんて、うちの(?)ますみとさとるに手を出すなんて。
ぶっ飛ばしてやる。
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