痛がり

白い靴下の猫

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31.メイの奪還

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「さとる!メイがサーファのネットワーク圏内に入ってマジックパケットが動いた!メイが着ていったジャケットのイヤホンマイクは遠隔起動ずみ!」
「了解!!」

端末の通信チャンネルを合わせた途端に、メイの挑発が流れる。
『まともな男を連れておいで!』
異性に快感を与えられない男の国って・・・ばっっかやろ!!なんつー、あからさまな挑発すんだ!死ぬ気か!

マイクはメイが殴り倒され踏みつけられる音をひろった。
それから、PC越しのサーファの怒号。
メイのGPS信号がある、セグノの砲台跡を地図で確認する。
近い。あたりだ。
昔ながらのキュニ人との交渉場所。
さとるがアクセルをベタ踏みする。

ますみから通信がはいる。
「サーファは数秒が惜しかったらしくて、リモートアクセスソフトついたノートPCそのままひっつかんで出たみたい!大体の位置がわかるから送る!」
「ラジャ!」
送られてきた位置は、さとるよりもはるかに遠い。
たのむから殺されてんじゃねーぞ。
さとるは、思いっきり加速した。

この国は、等高線で民族が切り変わる。
少し山を登れば、キュニ人の制圧エリアだ。二民族国家のもう一方。キュニ人にFGMがない訳ではないが、結婚条件ではない。

メイの挑発は、より直接的にタキュ人を狙っていた。
何十年もの内紛で、経済も土地も人心も荒廃した。
有利に固定されただけの怠惰な先進国に、搾取され続ける資源と、勝手な思い込みで蔑まれる伝統と文化。

そんな中にいる彼らは、アイデンティティひとつ守るだけでも歪めたプライドに縋らなければならない程にぎりぎりだ。
最下層におちた同国民の片方よりさらにクズだと、外の世界に向かって吹き上げられた侮辱など、耐えられるはずがない。
隙を見て絶対に殺してしまう。
部下のほとんどがタキュ人のサーファにとって、部下まかせで生きたメイを監禁しておくのは無理だということだ。
死なせたくなければ、自分で監視するしかない程に。

サーファは慌てた。
ノウハウピースが失われれば、ここの希土類の価値は一気に十分の一に下落するというのに。
メイに向かって歯をむき出して飛び掛かっていく能無ししかないのか!
武器を持ち出した部下に、外国籍のタズクが発砲してWEBカメラが吹き飛んだらしい。
セグノ砲台側からは映像も音も入らなくなる。
タズクは別の端末をつなぐ余裕もないほど必死で応戦しているらしい。
こちらの音声は通じていると信じて必死に制止するが、効果のほどは定かではない。

サーファの部隊は、連携を欠くこと甚だしかった。
PCから流れ続けるサーファの脅しに勢いをそがれるものと、誰が殺したかわからなければ良いのだとサーファが来る前に片をつけようと急くものと。

仲間割れで大暴動になりそうな中に、タズクは催涙ガスを数発ぶち込み、気絶したメイをもともと監禁していた部屋に投げ込んでドアの前に陣取った。

その間を縫って、ガスマスクをして堂々とランチャーをぶら下げたさとるが砲台跡に飛び込む。
「誰だ!」
タズクが仲間側に向けていた銃口をさとるに向けた。
だが、顔はもめている仲間を見たままだ。
さとるはガスマスクの隙間をすこし開けて、言った。
「サーファに雇われたタキュ人以外だよ。外国籍だ。あんたがタズクか?」
あからさまにホッとした顔でタズクが銃の向きを戻す。
「早いな。」
「近くでキュニ人と会っていたからな。半径10キロ以内に外国籍は俺とあんただけだ。あんたが牽制できてる間に先に一人でいって連れ出せってさ」
「ああ、いい案だ。ほかに手はないだろうさ。さっきひと悶着あったばかりでな、実弾ぶちまけたから数分は持つ。今のうちに連れていけ」
「で、どこだ?生きてんのか?」
「多分な。そん中だ。裏の壁にひび入ってるところがあるから、ランチャー持ってるならぶち抜いて出ろ」
そういってタズクは不細工なドアを指す。
「女が死んでたら周り中銃殺にしろって、サーファはすごい剣幕だ。ランチャーも催涙弾も持ちきれないほど渡された。マスクして、ガス打ち込もうとしたらあんたのほうが打ってびっくりしたよ」
「ああ。ま、連中の自制心も限界だ。サーファには今確認するから1秒でも早く連れって行ってくれ」
否やはない。
さとるが不細工なドアを開けると、日干し煉瓦の壁だけで、屋根はなく、日晒し。風が不自然に渦巻き、細かく熱い砂埃が舞っていた。焼砂の洗濯機のようだ。
息を呑む。
メイがねじれて落ちていた。
手首は縄と砂で擦れてひどい火傷のように皮膚がめくれ、腕は踏みつけられて、皮膚の色が変わっている。
干からびた悪臭の中、投げつけられた石で切れたのだろう皮膚が、右目の下でカサカサに縮んでいた。

乾いてもいないさとるの喉がヒリヒリと痛み、体も頭も、絞り上げられるような慟哭が襲う。
「ばか、やろ」
手の縄を切ると、ねじれていたメイの体が崩れた。
一刻も早く水をと焦るさとるに、ドアの外からタズクが声をかける。
「おい、やつらが来るぞ。生死確認は後にして、その辺の袋に詰めて、裏から荷物のようにもってでろ。俺は、しばらくこのまま動かん」
「・・・了解」
手の震えと全身の怒りが噴出さないように、最大限の気を遣いながら、さとるは自分の上着でメイの上半身をくるんで、足を袋で隠した。肩に担ぎ上げる。
ドアと反対側の壁は確かにもろく、ランチャーの一発で簡単にくずれた。
タズクの演技が効いているのか、こっそりと外に出るさとるに、誰も注意を払わない。

外に出てからも、走り出したいのを抑えて、さとるは歩いた。
乗り付けたはずの車までがとてつもなく遠く感じる。
ひどい呼吸音。それでも息はある。
スピードを出しすぎず、ほんの数キロ走って、追っ手がないことを確認するとさとるは、たまらずに上着を剥いで、袋を切り裂いた。
ペットボトルの水をメイの唇にかけ、横を向かせて口の中を水であらう。
「おい!生きてるか?メイ!」
メイの目がうっすらと開き、次の瞬間、手刀が飛んできた。

さとるが反射的に身を縮め、ペットボトルがはじけ飛ぶ。
飛び散った水をかぶって、メイは、ただぽかんと、信じられないものを見るようにさとるを見た。
「さーふぁ、じゃ、ない?え、さとるさん?」

さとるは、メイの顔を見て、苦く確信する。
こいつ、俺が、いや、仲間が、だれもこないと信じていた。

さとるが本物だと気づいたメイは、気持ち的には勢いよく身を起こしそうになり、だが、体は数センチはねて激痛に沈んだ。
さとるは自分の体が痛むような顔をして片手でメイの体を支え、新しいペットボトルを口で開けた。
「水飲めるか。気づきしなに手刀飛ばせるんだから、飲めるよな。口移ししてでも飲ませるぞ」
さとるが青い顔を近づける。
「・・・飲め、ますから、触らないで・・」
メイが顔を背けて、そっとさとるを押し戻す。
「は?触るのは俺の勝手だって確かこないだいったよな!」
そう言いながらもさとるは、そうっとメイの頭をシートに戻して手を引っ込めた。
「そ、じゃなくて、汚れて、ますから」
がっくり。そんな感じでさとるが頭を振る。
「んなこと気にできるぐらい元気なら、手と顔洗ってうがいしてろ!傷口は帰ったらすぐ洗ってやるから!でっ、傷つくから紛らわしいこと言わないでくれ」
メイの目がおよぎ、さとるを見ないまま、うがいをした。吐き出す水が濁って、自分が砂と血と汚物の塊になったような錯覚を覚える。
メイが再び水を口に流し込んだのを見て、さとるは車を出した。
送られてくる位置情報で見る限り、サーファたちはまだ砲台に向かって移動中だ。遠い。
サーファが砲台に着く頃には、さとるは屋敷に帰って防御体制に入れるだろう。
メイの奪還は成功だった。

ただ、メイの気持ちが、さとるから遠くなった気がする。いや、遠かったことを気づかされた。
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