ひどくされても好きでした

白い靴下の猫

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12. そうして始まる教育キャンプ

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うげろげろ
地下牢の奥に向かって突き飛ばされながら、シェドはガンガンする頭が余計な動きをしないように片手で支えて衝撃を殺す。

もうすっかり地下牢の常連。
大抵のことはうまくやり過ごせるのだが、相性の悪い魔素が流されると、体が先に拒絶反応を起こす。
不快感と怒り、吐き気と頭痛。
数秒で我慢できずに組み相手の女を突き飛ばすことになる。

王妃候補の女性を突き飛ばすとは何事だと言われても、正直、危ないから仕方がない。相性の悪い相手に魔素を流されると、目の前が真っ赤になって、相手の四肢から臓腑から引きちぎって、のべつまくなしに地面に叩きつけたくなる。

質が悪いのは、俺が正気を失っても、教師どもが『自分が止めてやれる』と思っていることと、怒りのせいで俺の魔力がガンガン回って、安物の魔道具すらごまかせずに武力属性にめちゃくちゃ高い数値が出てしまう事。

苦手過ぎて暴走する魔力への抑えがきかないだけなのだが、鈍い教師共は、どうやらこの方面に俺の才能が隠れているので鍛えるべしと誤解してしまったようで、慣れろ、耐えろ、力を解放しろと、やったらめったら負荷をかけてくる。最悪だ。

怒りに任せて魔素やら魔力やらを逆流させた日には、非もない相手の女が内臓ぶちまけて破裂しても不思議じゃない。そしてそれを止められる教師などいない。
俺が5才の時ですら、ここの教師の数倍は魔力に長けた王の側近が、俺の魔素逆流を止めようとして失敗。俺に触れた手の先から煙を上げながら飛びずさったのだから。
愛人だった母には悪かったが、王はそれ以来わたってこなくなった。
そして俺の病弱設定もそこからだ。

吐き出してしまえれば楽なのだろうが、血液から毒ガスが発生しているような不快感が暴れ回り、倦んだ熱が頭を焼く。吐けないのに何度もえずき、うつぶせたまま石の床に立てた爪がずるりと滑った。水責め用の地下牢だし、床が濡れていて滑るのかと思ったら、どうやら爪が割れ裂けて血が出ているらしい。
物理的な痛みがあれば気がまぎれる気がするが、爪は治癒に時間がかかるので、のたうち回り体勢に移行しようとした瞬間、風を感じた。

かすかな風に倦んだ熱が溶けて、薄く片目が開く。

そこには、小さくてぷくぷくした手が、じたばたと、俺にむかって伸ばされていて。
声が、向かって来る風が、心地良い。

「んうー、シェドぉ、もうちょい、こっち、にじり寄れ、ない?」

「・・・ミ、け?」

心地よい方に引き寄せられそうになり、一瞬おくれて理性が追い付いて体を引く。
ミケが連爆するぞ、あほたれ。

「ふんぬーっ」

それでもミケは、薄暗い地下牢でもわかるほど真っ赤な顔をして、さらにおれにむかって手を伸ばす。しかも、掛け声と動きが不自然で両目を開けると、ミケの足に鎖がまきついていた。

「くるな・・、あぶ、ない」

「その、アブないやつ、捨てる、から、こっちーー」

すてる?

ミケの声が、呼吸が、揺らす空気が、胎内の熱をかき分けて、俺の五感を外界につなげた気がした。
だが、聴覚が戻るや否や、ギギギ、と、鎖の嫌な音が聞こえる。
その鎖の先は、ミケの足のはずで。

「ちょ、まて、動くな!おまっ、足っ」
暴れる熱を力づくで抑え込み、肘で支えた上半身をミケに寄せる。

しゅるっ

抑え込んだハズなのに、ミケの掌と俺の掌が触れた途端、ぐつぐつとした魔素が流れた。
まずい、逆流する。
引きはがそうにも、ミケの足の鎖は限界を超えて引っ張られていて。
推し戻すように、ミケの肩を押したら、両手で握り込まれた。

「シェド、うごかないで、足とれちゃう!いやーっ」

ミケの悲鳴にひるんだすきに、ものすごいスピードで倦んだ熱が引いて行く。

しゅるしゅるっ

逆流じゃ、ない。
ミケに、吸い出されて、いる?

清涼な空気が吹き込まれたように、頭の靄が晴れていく。

「お、い?」

自分の体が起こせるようになったので、とりあえず、ミケの体ごと鎖の方に押して、鎖の張りを緩める。
その間にも、あの暴れ回っていた倦んだ熱は、嘘のように静まっていった。

なにが、おこった?

当のミケはと言えば、破裂するでもなく、連爆するでもなく。

「ぺ、ぺ、ぺ。ばっちい!こんなもん捨ててやる!」

って、むしろ元気か?

「何を、した?」

「へ?捨ててやったのよ!ライラの魔素でしょ?5つしか違わないくせに、なーにが、色気には自信がある、よ。私のシェドにからみつくなー!」

荒れ狂う魔素が逆流するはずだった。
それなのに、本当に、すてている。
それはもう無造作に。ぺっぺぺっぺと。

「・・・お前、大丈夫、なのか?」

「なにが?シェドの浮気が?」

「幼児体系の10歳児の分際で何が浮気だ、あほ。そうじゃなくて、気分悪いとか・・」

「11よ!気分なんて、幼児体系って言われて、いい訳ないでしょ。悪いよー、だ!」

「そうじゃなくて、体辛いとか・・」

「あ、足痛い!!思い出した!シェドぉ、ミケ、足がいたぁい~」

とってつけたように甘え声を出すわりに、足は深刻だ。
3重にも巻かれた鎖が、ふくらはぎと足首を締め上げて、血がにじんでいる上に足首の角度に無理があり過ぎる。

「ギャグで済ますな!どんだけ引っ張ったんだ!」

慌てて鎖にいざり寄り、鎖を緩めようとするがギチギチに噛んでしまって、汗が噴き出すほど力を入れてもなかなか緩まらない。

「ギャグじゃない、シナだもん!ケガして弱弱しい女の子のフリをして、寄って来たシェドをぱくりと・・・」

「どこが、フリだ!現実を見んか、この馬鹿がきーー」

引き延ばされ、締め上げられ、血が出るまで擦れて。最悪、健まで傷ついているかもしれない。

おまけにここは水牢だ。
海がないこの国に水牢があるのは、王城の地下に迷宮回廊と呼ばれる空間のねじ曲がった場所があるせい。
くだらないことに使わず真面目に探索しろと思うのがだ、昔ながらの仕掛け以外、すべて締め切り。そして今も、ムーガルにあるはずの海から、この地下牢に勝手に水が上がってくる部屋がたまたま残ったというお粗末な状態だ。

そんなくだらない理由でも、いずれ満潮の時間になって、事実として水が入ってくる。
足に巻き付けられればその分、鎖は短くなって、水を避けにくくなる。それが三重巻きとくれば、立つのすらつらい状態だ。身長の低いコイツなどまじに溺れ死にかねない。

「本気で10歳児を拷問にかける気か、あのバカ教師ども・・」
「11歳だってば!え、なに、私、けが、ひどい?」

「痛みでわかんないのかよ?ってか、なんでこんな状態で、俺に向かって来たわけだ?!」
「だって、シェド、辛そうだったし。恩売ったら、私の事、好きになるかと?」

「恩売る前にお前が大破するぞ。俺は大丈夫だから、次からはほっとけよ」
「汗だらだらで、私の鎖緩めてくれながら言っても、説得力ないと思わない?」

鎖が緩まると、血流が戻り、ミケの真っ白だったふくらはぎから下が腫れ上がっていく。
これは、まずい。
水が来たからといって、もう一回引っ張って締め上げたりしたら、マジにコイツの足がいかれる。

しょうがない。
魔力を通すと、巻き付いていた鎖は溶けた飴のようにだらりと伸びて、ミケの足が抜けた。
ミケは驚くでもなく、嬉しそうに抱きついてくる。
懐かれたものだ。

「常連なんだから、水が来るのわかってるだろが。足怪我するまで引っ張るとか正気かよ」

「そうはいうけどさ。絶不調のシェドが水責めになってキレてもピンチじゃない?シェドがっていうより、周りにいる人間がさ」

そういって、『周りの人間』のところでミケは自分の鼻を指さした。
俺が、あのまま水責めにあったら?
確かに、キレて魔力が暴走してもおかしくはない。
それでも。

「・・・暴走しても、お前を巻き込んだりはしないよ」

「私に気づいてなかったくせにー」

ああ言えばこう言う。口の立つガキだ。

水が入り始めたので、ミケを俺の太腿の上に座らせてシールドを張る。
風呂の逆。
だって、海水だし、濡れたら足の傷にしみそうだ。

もっと人が居たころには、地下牢にも監視がついたが、最近は俺とミケぐらいしか入らないので監視も緩い。
鎖を伸ばした段階で大騒ぎにならないんだから、誰も見ちゃいないわけで、まともに罰を食らう理由もない。

地下牢の常連が減ったのは、罰を食らうやつが減ったと言うよりも、母集団としての頭数が減ったせいだ。パニック障害を発症したり、体の方が潰れたりして、脱落していく。

今残っているのは半分以下だろうか。
優秀、と、バカ教師たちが思うやつらは決まって来たし、罰の常連は、俺とミケを除いて全員脱落。本気で壊れそうなやつはおれが適当に魔道具のゲージを操作して早めに放逐させたので多分再起不能まではいかないはずだ。

あとひと月もすれば後継者が決まって、キャンプも終了するだろう。

あとはもう、このままやり過ごせることを祈るばかりだ。

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