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山越え依頼に腹が立つ
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あ。
胸のあたりでぎりぎりと広がる音がする。
異物が肩に刺さる何日か前も聞いた嫌な音と似ている。
また、何が来るのか?
それとも、今腹が立っているだけか?
そうだ。・・・思い出すだに腹が立つ。
きっかけは、性懲りもなくサクシアが進軍してきたからだ。
だが、腹を立てているのは、ケセル王に対してではない、父王にだ。
なんでこんな時に俺が山越えなどしなくてはいけないのか。
父王は、気軽にいった。
『お前は、子供の頃にだって越えただろう?』と。
ふざけるな、本物のリュートと俺でできないことなどなかった。
俺の家族と山を超えるのと、よてよての軍隊抱えて超えるんじゃ話が違うんだよ。そんなことも分からないのか。
おまけに超える理由が、敵軍の背面に回って援軍を出させるな、だと?
『まだ二歳の幼児の初陣は、楽に勝たせてやりたい』から、だと?
サクシアのケセル王は、公平に考えて無能ではない。
王になったばかりで内部がごたついているのは確かだが、後始末は着実で、現に、クリエルもシヨラも周辺国は皆サクシアに押され気味だ。
レグラムに対しても、敵なりの勝算があって進軍してきているのだ。
それを大勢も見ず、愛人のご機嫌取りに使おうなど、正気の沙汰とは思われない。
巻き込まれた兵士にどうやって説明するつもりか。
山越えでは凍傷になるやつも、滑落する奴も出る。
万が一補給が絶たれたら、作戦行動どころの話じゃない。
そう言って反対したが、王はいつも勝っているではないかと一笑にふした。
さらに、王が直接戦場に出るというので、激しく軍の配置が改変されていた。
リュートなど、二歳の王子の “お守役”で引き抜かれた。
これでは、指揮の統一など不可能だ。
ルウイには、わざとらしくも同情しきり、という顔をされた。
「ついて行ったげようかぁ?」とも。
絶対ついてくるなと念を押して出てきた。
お粗末すぎてとても見せられたものではない。
五百の兵で山を超えろと言われたのを、値切りに値切って百名にさせた。馬は30。騎兵用の馬だが、今回は荷運びに使わざるを得ない。
その交渉過程のせいで、アルトの軍直属の兵はほとんど残せなかった。雪山にある程度耐性のある出自の兵が80人と、アルトが優秀だとふんだ新兵が数人、口の堅い直属の部下十数人のみだ。残りは、片っ端から補給のサポートに回させたが、それでも物資は届かない。迷ったのか、ヘタレたのか、滑落したのか。
おかげで手持ちは、食料も燃料も尽きかけている。
これが五百名だったら続々凍死者が出ている頃だ。
たとえ山を無事に越えたとしても、たった百名で、温存されている敵軍を混乱させるのは、至難の業だというのに。
小休止をとったが、もうこうなってしまうと、休息というより、脱落者を置いていくための寄り道になってしまいそうだ。
早めに出発しよう。
高度が上がるのに比例して、士気は下がり続けた。
「出発するぞ。ケプラ洞窟まで行けば、暖が取れる」
声をかけて馬に乗った時だった。
「腹がたつほど寒いな」と、近くでかすれた声。
内容としては当たり前だ。
この高さになると、山肌には一年中解けない雪がこびりついている。
だが問題は中身じゃない。まさか・・・。
恐る恐る振り向くと、いつの間にか四人ほどの小集団が、アルトたちの軍に紛れ込んでいた。かすれ声の主は、すっぽりかぶったフードから薄緑の銀髪が覗いている。
兵は急ごしらえの編成とはいえ百人しかいないのだ。紛れ込めること自体が尋常ではない。どうやった?!
「ルウイ?」
にまっ。目だけで笑う。
アルトは凍りついた。
状況が悪すぎる。ここから無事に生還できる人間は、到底半分に届かないだろう。
「ここで何をしている!」
「仕事?どうせだから一緒しようと思って」
まあ、あなたのために来たとか言うタイプではない。それにしても声がおかしい。
「おまえ、顔真っ赤だぞ。風邪ひいたな。病気の時ぐらい仕事休めよ」
「そうもいかない。変な感じがしたでしょ。多分、また何か飛んでくる」
ああ、胸のあたりでぎりぎりと広がる音。あれのせいか。
ふらふら。ルウイが妙に揺れる。
怒り飛ばして帰れと言ったところで、簡単に帰れる場所ではない。
ルウイにしても、わざわざそういう所まで来てから声をかけたに決まっている。
是も非も聞かず、馬具を準備するルウイを、自分の馬上に抱き上げて、着ている外套の中にいれた。
首筋にルウイの頬が触れる。熱い。
抱きしめた。
「ああ、これはいいな」
ルウイはほっとしたようにつぶやき、絡みつくように腕を回してくる。
寒いせいか?熱のせいか?どちらにしても役得だな。
うかつにも、その程度しか考えなかった。
直属の兵は、先師だと気づいたかもしれない。まぁ、王子の愛人とでも何とでも勝手に納得するのだろう。
アルトは、ケプラ洞窟に向けて、ひたすら軍を進めた。
この山で唯一野営ができるのは、半分天井が落ちた、この巨大な洞窟だけだ。
縦穴も多いため、あまり深くは進めないが、奥からは、生暖かい風と、凍っていない川が引き出されてくる。
ここなら、すぐに死ぬことはない、やっとの思いでそう思える洞窟にたどりついた時には、ほとんどの兵は、空腹と寒さ、怪我やこのあとの絶望的な作戦に打ちのめされていた。
土台、無理な作戦なのだ。死ぬ覚悟だけで、不可能が可能になるわけはない。
野営地についてからも、ルウイは絡めた腕を解こうとはしなかった。
明らかにいつもの行動パターンではない。どうしたのかと、聞くべきだったが、離してしまうのが惜しくて、一緒に動いた。
胸のあたりでぎりぎりと広がる音がする。
異物が肩に刺さる何日か前も聞いた嫌な音と似ている。
また、何が来るのか?
それとも、今腹が立っているだけか?
そうだ。・・・思い出すだに腹が立つ。
きっかけは、性懲りもなくサクシアが進軍してきたからだ。
だが、腹を立てているのは、ケセル王に対してではない、父王にだ。
なんでこんな時に俺が山越えなどしなくてはいけないのか。
父王は、気軽にいった。
『お前は、子供の頃にだって越えただろう?』と。
ふざけるな、本物のリュートと俺でできないことなどなかった。
俺の家族と山を超えるのと、よてよての軍隊抱えて超えるんじゃ話が違うんだよ。そんなことも分からないのか。
おまけに超える理由が、敵軍の背面に回って援軍を出させるな、だと?
『まだ二歳の幼児の初陣は、楽に勝たせてやりたい』から、だと?
サクシアのケセル王は、公平に考えて無能ではない。
王になったばかりで内部がごたついているのは確かだが、後始末は着実で、現に、クリエルもシヨラも周辺国は皆サクシアに押され気味だ。
レグラムに対しても、敵なりの勝算があって進軍してきているのだ。
それを大勢も見ず、愛人のご機嫌取りに使おうなど、正気の沙汰とは思われない。
巻き込まれた兵士にどうやって説明するつもりか。
山越えでは凍傷になるやつも、滑落する奴も出る。
万が一補給が絶たれたら、作戦行動どころの話じゃない。
そう言って反対したが、王はいつも勝っているではないかと一笑にふした。
さらに、王が直接戦場に出るというので、激しく軍の配置が改変されていた。
リュートなど、二歳の王子の “お守役”で引き抜かれた。
これでは、指揮の統一など不可能だ。
ルウイには、わざとらしくも同情しきり、という顔をされた。
「ついて行ったげようかぁ?」とも。
絶対ついてくるなと念を押して出てきた。
お粗末すぎてとても見せられたものではない。
五百の兵で山を超えろと言われたのを、値切りに値切って百名にさせた。馬は30。騎兵用の馬だが、今回は荷運びに使わざるを得ない。
その交渉過程のせいで、アルトの軍直属の兵はほとんど残せなかった。雪山にある程度耐性のある出自の兵が80人と、アルトが優秀だとふんだ新兵が数人、口の堅い直属の部下十数人のみだ。残りは、片っ端から補給のサポートに回させたが、それでも物資は届かない。迷ったのか、ヘタレたのか、滑落したのか。
おかげで手持ちは、食料も燃料も尽きかけている。
これが五百名だったら続々凍死者が出ている頃だ。
たとえ山を無事に越えたとしても、たった百名で、温存されている敵軍を混乱させるのは、至難の業だというのに。
小休止をとったが、もうこうなってしまうと、休息というより、脱落者を置いていくための寄り道になってしまいそうだ。
早めに出発しよう。
高度が上がるのに比例して、士気は下がり続けた。
「出発するぞ。ケプラ洞窟まで行けば、暖が取れる」
声をかけて馬に乗った時だった。
「腹がたつほど寒いな」と、近くでかすれた声。
内容としては当たり前だ。
この高さになると、山肌には一年中解けない雪がこびりついている。
だが問題は中身じゃない。まさか・・・。
恐る恐る振り向くと、いつの間にか四人ほどの小集団が、アルトたちの軍に紛れ込んでいた。かすれ声の主は、すっぽりかぶったフードから薄緑の銀髪が覗いている。
兵は急ごしらえの編成とはいえ百人しかいないのだ。紛れ込めること自体が尋常ではない。どうやった?!
「ルウイ?」
にまっ。目だけで笑う。
アルトは凍りついた。
状況が悪すぎる。ここから無事に生還できる人間は、到底半分に届かないだろう。
「ここで何をしている!」
「仕事?どうせだから一緒しようと思って」
まあ、あなたのために来たとか言うタイプではない。それにしても声がおかしい。
「おまえ、顔真っ赤だぞ。風邪ひいたな。病気の時ぐらい仕事休めよ」
「そうもいかない。変な感じがしたでしょ。多分、また何か飛んでくる」
ああ、胸のあたりでぎりぎりと広がる音。あれのせいか。
ふらふら。ルウイが妙に揺れる。
怒り飛ばして帰れと言ったところで、簡単に帰れる場所ではない。
ルウイにしても、わざわざそういう所まで来てから声をかけたに決まっている。
是も非も聞かず、馬具を準備するルウイを、自分の馬上に抱き上げて、着ている外套の中にいれた。
首筋にルウイの頬が触れる。熱い。
抱きしめた。
「ああ、これはいいな」
ルウイはほっとしたようにつぶやき、絡みつくように腕を回してくる。
寒いせいか?熱のせいか?どちらにしても役得だな。
うかつにも、その程度しか考えなかった。
直属の兵は、先師だと気づいたかもしれない。まぁ、王子の愛人とでも何とでも勝手に納得するのだろう。
アルトは、ケプラ洞窟に向けて、ひたすら軍を進めた。
この山で唯一野営ができるのは、半分天井が落ちた、この巨大な洞窟だけだ。
縦穴も多いため、あまり深くは進めないが、奥からは、生暖かい風と、凍っていない川が引き出されてくる。
ここなら、すぐに死ぬことはない、やっとの思いでそう思える洞窟にたどりついた時には、ほとんどの兵は、空腹と寒さ、怪我やこのあとの絶望的な作戦に打ちのめされていた。
土台、無理な作戦なのだ。死ぬ覚悟だけで、不可能が可能になるわけはない。
野営地についてからも、ルウイは絡めた腕を解こうとはしなかった。
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