観音通りにて・姉

美里

文字の大きさ
4 / 32

貴子

しおりを挟む
 しつこく貴子の肌を求めた最後の客から解放されたのが、午前二時過ぎだった。金曜日の夜は、やっぱり客の付きがいい。平日だったら、ただ通りに立っているだけで終わる真夜中も、当たり前みたいに切れ目なく客が付く。それなら平日は夜中まで立っていなければいい、と自分でも思いはするのだけれど、貴子はそれでも毎日観音通りに立つ。理由は、最近なんとなく分かってきた。焦りだ。ここ数か月、つまりは真央と暮らし始めてから、その感覚はぐんと強くなった。つまり、いつまで私は私を売れるのだろうか、と。水も弾くような真央の圧倒的な若さに触れるたびに、そんな焦りが頭をもたげた。弟が大学を卒業するまであと三年。それはどうにかなるとしても、もしも大学院まで進学するとしたら? それに、大学を卒業してすぐに仕送りが必要なくなるとも限らないだろう。
 真央を見ていると焦りがつのるのは確かなのに、焦りが募ると真央に会いたくなるのもまた確かだった。太平楽に笑う真央。自分の肉体に価値がなくなる日がくるだなんて、考えたこともないのであろうあの伸びやかさ。
 貴子はショルダーバッグを肩にしっかりと引っかけ直し、左右に立つ売春婦たちに軽く会釈をして観音通りを後にした。真央は多分、まだ起きている。貴子を待っている、というよりは、単純に夜行性の生活が染みついているのだろう。昼の仕事についている男と一年ほど暮らしていたと聞くけれど、貴子にはそんな暮らしをしている真央が想像できない。観音通りで隣の街灯に立つようになってもう数年たつけれど、真央は常にあっけらかんと客の袖を引いていた。売春、という稼業の後ろ暗さなど全く感じさせることなく。貴子は時々、そんな真央に憧れに近い様な気持ちを持ちさえしたのだ。
 アパートにつき、真央が眠っている可能性も考えて、なるべく静かに玄関のドアを開ける。短い廊下の奥にあるリビングには、いつものように煌々と電気が灯っていた。
 「まおー? 起きてるの?」
 たまにあるみたいに、真央はソファで寝落ちしているかもしれない、と思って、控えめに声をかけながら赤いハイヒールを脱ぎ、廊下を抜ける。
 「お帰り、姉ちゃん。」
 真央は今夜は起きていて、ソファに膝を抱えて深夜ニュースを眺めていた。そんな横顔は、どことなく寄る辺なくも見える。この子はやっぱり、とても若いのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

処理中です...