観音通りにて・姉

美里

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 夜八時から、翌日の二時か三時くらいまで、貴子は毎日観音通りに立つ。真央はもっと適当に、金が尽きたら渋々通りに立つ。別に、売春が死ぬほど嫌なわけではない。喜んでやっているわけでもないけれど、他に稼ぐ方法がないわけでも、多分ない。真央は健康な心身を持った大の男だ。それでも観音通りに立つのは……。
 真央は、深夜番組を垂れ流すリビングのテレビを見るともなく眺めながら、そんなことをぼんやり考えている。
 それでも観音通りに立つのは、復讐、かもしれない。かつて確かに真央を愛し、そして今は真央を心底疎んじているであろう『家族』への。そして、その条件付きの愛情を、あたかも無条件みたいに受け入れていた昔の自分への。
 それなら貴子は、なぜ観音通りに立つのだろう。タイムカードでもあるみたいに勤勉に、雨の日も風の日も。
 真央の見るところ、貴子も身体は健康だし、頭だって悪くない。観音通り以外でどうしても生きていけないわけでもないと思うのだ。それならやっぱり、心の問題だろうか。心のどこかに穴が開いていて、なにを流し込んでもそこから流れ出て行ってしまう。塞ぐ方法が、どうしても分からない。そのおかげで、一般社会との接点が上手く持てない。売春くらいでしか、社会とも人ともつながれない。
 そこまで考えて、真央は天井を仰いで笑った。それ、姉ちゃんじゃなくて俺のことじゃん。
 テレビ番組は、ひどくつまらない。これを面白いと思って放送している誰かがいることが信じられないほどだ。それでも、それを見るくらいしか、真央にはすることがない。
 男と暮らしていた間は、勤め人だった男の生活リズムに合わせて昼間起きて家事なんかして、夜は眠った。その前、今と同じように昼寝て夜活動していた一人暮らしの頃、自分がなにをしていたかが上手く思い出せない。
 姉ちゃん、早く帰ってこないかな。
 唇だけで呟き、ベージュのカーテンがかけられた窓の方に目をやる。あの外、少し歩けば観音通りだ。今夜も売春でしか生きていけない男と女が、街灯の下に立って客の袖を引いているのだろう。
 いい客が付けばいいけど、と、貴子のために祈る。金払いのいい、行儀もいい、ついでに顔もいい男が付けばいい。それが無理なら、せめて彼女に危害を加えない男が。
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