観音通りにて・姉

美里

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 「どうって……施設にいたわ。言ってしまえば孤児院よね。」
 思い出すのは、施設の壁という壁に反響していた、子どもたちの声。笑う子ども、怒る子ども、泣く子ども。貴子はその中で、いつも黙り込んでいた。そんな子どもは何人かいて、どの子も親がいなかった。親が時々会いに来るとか、その内一緒に暮らせるようになるとか、そんな希望もなかった子どもたち。それならそうと、そんな子どもどうしで仲良くやっていけばいいだろう、と今の貴子なら思うのだけれど、そうもならなかった。親がいないなりに、まだ自分の方が親に愛されていただとか、親は病死したのであって捨てられたのではないだとか、めいめい自分の中で序列を作って自我を保っていた。
 「……父親は、生きてるんだろうけど、どこにいるかは知らないわ。もしかしたら、女に刺されて死んでるかも。」
 常時、複数人の女の香水の匂いをまとわりつかせていた父親の顔を思い出す。確かにうつくしかったのかもしれないけれど、情も脳もなさそうな、薄っぺらい美貌。それを私も受け継いだのだろう、と、ぼんやり思う。
 「……弟さんは?」
 真央が、わずかに躊躇いの色の乗った声で、そう問いかけた。貴子は、自分の表情が和らいだことを自覚しながら、一緒にいたわ、と答えた。
 弟にとって、施設は幸せな場所ではなかっただろう。母が死んだとき三歳だった彼には、自分の親の記憶はなかったし、それは施設の序列の中でも最下層だった。それでも貴子は、幸せだった。母や父に脅かされることなく、弟といられたから。
 「いつまで?」
 「私が中学を出るまで。」
 そう答えながら、貴子は自分の頬が今度は強張るのを感じる。本当は、施設から高校に通うこともできた。貴子はそれを望んでいたし、中学の成績も良かったので、周囲はそれを当たり前だと思っていたようだった。それでも貴子は、施設を飛び出した。
 「……弟にはね、憎まれていたの。」
 シチューをスプーンで無意識にかき混ぜながら、貴子は呟くように言った。
 「……なんで?」
 真央が、貴子の顔色を窺いながら、それでも問いを重ねる。貴子は真央を安心させたくて、なんとか唇の端を持ち上げた。
 「私が両親を奪ったと思ってたのね。……多分、今でも。」
 「奪った?」
 「母親がアル中だったんだけど、血を吐いて倒れたの。それで、私が救急車を呼んだ。そしたら、ネグレクトとか暴力とかがばれちゃってね、施設に行くことになったのよ。」
 「でもそんなの、姉ちゃんは悪くないじゃん。」
 そう言った真央の声が泣きそうに聞こえて、貴子は驚いて彼の小さな顔を覗き込んだ。
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