観音通りにて・姉

美里

文字の大きさ
22 / 32

真央

しおりを挟む
 この男と寝るのはこれで六回目だ、と、真央は思う。貴子の弟に抱かれながら、脳内はクリアだった。男娼稼業は長い。肉体の刺激と精神の刺激なんか、簡単に切り離せる。
 男は一週間に一回真央を買いにくるから、はじめて寝た夜から二か月が経ったことになる。いつの間にか季節は冬から春に変わっていた。観音通りの客足は、真冬に比べて当然増える。真央も、かきいれどきだ、と言わんばかりに客を取っていた。また灼熱の夏がきたら客足はぐっと落ちる。それまでに幾らか稼いではおきたい。いくら真央がその日暮らしの男娼と言えど、それくらいの算段はあった。だから、値上げをしよう、と思うこともある。貴子の弟からとっている金は、一回一万五千円。真央の値段としては、安い。でも、それができなかった。
 貴子の金だから、と、自分に言い聞かせる。貴子が文字通り命を張って稼いだ金だから、それを搾り取ることもしにくいのだ、と。でも、内心では違うことを考える自分もいる。それは、怖れるみたいに。つまり、この男が真央を買わなくなるのが怖い、と。一万五千円。それ以上の価値をこの男が真央に見出すかは分からない。
 「なに考えてる。」
 真央を腹の上に乗せながら、男が低い声で問いかけてくる。どうでもいいくせに、と、真央は思う。この男は、男も女も同じように嫌いだし、その中には真央も含まれている。
 「別に。」
 真央が短く言葉を吐きだすと、男は苛立ったみたいに真央の中を突き上げてくる。
 「なに。」
 真央が呼吸を乱すと、男は単調に低い声のまま問いを重ねてくる。
 「いつも客にそんな愛想ないのか。」
 「そうだよ。」
 「貴子も。」
 「は?」
 「あいつも、愛想ないのか。」
 真央は一瞬言葉をなくし、それから頭の回路をなんとか鈍らせたくて、男との性交に集中しようとする。なのに、男娼としての真央の肉体は、悲しいくらい冷めたままだ。
 「知らない。本人に聞けば。」
 さらに愛想なく吐き捨てると、男は真央の身体を組み敷き、いたぶるように犯してきた。そんなことでは、真央の回路は鈍ってもくれないのに。
 「貴子は、」
 「知らない。」
 男の言葉を、真央は強い口調で遮る。
 「貴子さんのことなんて、なにも知らない。」
  なにを訊かれても、答えるつもりはなかった。こんなに澄みわたった回路のまま、貴子の情報を空け渡せるはずがない。真央の態度がそんなふうに反抗的でも、男は喜ぶ。真央が貴子を知らなければ知らないほど、喜ぶのだ。歪んでいる。と、真央は思う。ただ、歪んでいない姉弟関係というのがどんなものなのかを、真央は知らない。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

処理中です...