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明日美
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「悠ちゃん、今日勉強教えてくれる?」
学校に行く前、ばたばたと洗面所で寝癖を直していた私は、廊下を通りかかった悠ちゃんの背中にそう声をかけた。
「今日バイト……。帰って来てからならいいよ。」
振り向いた悠ちゃんは、やさしく目を細めて答えてくれた。
悠ちゃんは私よりも四つ年上の大学二年生で、塾講のバイトをしている。バイトが終わって帰ってくるのはいつも9時くらい。大抵は随分疲れた顔をしていて、大学受験って大変だな、なんて愚痴を言ったりもする。それでも帰ってきてから私の勉強を見てくれるという悠ちゃんのやさしさが、嬉しかった。
「スカート短くね?」
「それ、塾でも言ってんの?」
「セクハラで訴えられる。」
「私も訴えるよ。」
悠ちゃんに指摘されたスカートは、膝上15センチくらい。生徒指導のある日だけは伸ばせるようにしてある。
「ほら、伸ばせ。」
「……仕方ないなぁ。」
「仕方ないのはお前。」
腰の部分に織り込んでいるスカートの布地を何段か伸ばすと、悠ちゃんは満足したらしく、リビングに歩いて行った。リビングには仕事から帰って来たばかりのお母さんがいるはずで、朝の挨拶だろうか、会話を交わす二人の声が、ぼんやり聞こえてくる。
「……ダサいな。」
膝のちょっと上くらいまで伸ばしたスカートは、やっぱりダサい。それでも、ここでまた短くしていくと悠ちゃんにうるさく言われそうなので、諦めてリビングに朝ご飯を食べに行った。スカートは、駅のトイレか学校についてから戻せばいい。
「おはよう、明日美。」
リビングテーブルに座って、白いマグカップからコーヒーを飲んでいたお母さんが、ほんの少し掠れた声で言って、口紅の取れかけた唇を笑わせた。
昔、お父さんが生きていた頃には、お母さんはお酒を飲む仕事をしていなかった。その頃のお母さんの声は、こんなふうにくたびれきったみたいに掠れていることは、なかったように思う。といっても、お父さんが死んでしまったのは私が7歳になった頃で、そこまで鮮明な記憶は残っていないのだけれど。
「早く朝ご飯食べなさい。遅刻するわよ。」
「はーい。」
私はお母さんの向かい、悠ちゃんの隣の席に座って、お皿に用意されているトーストとサラダ、スクランブルエッグを平らげる。
「じゃあ、行ってくるね。」
「行ってらっしゃい。」
お母さんと悠ちゃんが、そろって私に手を振る。悠ちゃんはまだ、のんびりとトーストをかじっていた。大学生って、案外暇なんだろうか、と、私は内心で首を傾げながら、玄関でローファーに足を突っ込み、家を飛び出していった。
学校に行く前、ばたばたと洗面所で寝癖を直していた私は、廊下を通りかかった悠ちゃんの背中にそう声をかけた。
「今日バイト……。帰って来てからならいいよ。」
振り向いた悠ちゃんは、やさしく目を細めて答えてくれた。
悠ちゃんは私よりも四つ年上の大学二年生で、塾講のバイトをしている。バイトが終わって帰ってくるのはいつも9時くらい。大抵は随分疲れた顔をしていて、大学受験って大変だな、なんて愚痴を言ったりもする。それでも帰ってきてから私の勉強を見てくれるという悠ちゃんのやさしさが、嬉しかった。
「スカート短くね?」
「それ、塾でも言ってんの?」
「セクハラで訴えられる。」
「私も訴えるよ。」
悠ちゃんに指摘されたスカートは、膝上15センチくらい。生徒指導のある日だけは伸ばせるようにしてある。
「ほら、伸ばせ。」
「……仕方ないなぁ。」
「仕方ないのはお前。」
腰の部分に織り込んでいるスカートの布地を何段か伸ばすと、悠ちゃんは満足したらしく、リビングに歩いて行った。リビングには仕事から帰って来たばかりのお母さんがいるはずで、朝の挨拶だろうか、会話を交わす二人の声が、ぼんやり聞こえてくる。
「……ダサいな。」
膝のちょっと上くらいまで伸ばしたスカートは、やっぱりダサい。それでも、ここでまた短くしていくと悠ちゃんにうるさく言われそうなので、諦めてリビングに朝ご飯を食べに行った。スカートは、駅のトイレか学校についてから戻せばいい。
「おはよう、明日美。」
リビングテーブルに座って、白いマグカップからコーヒーを飲んでいたお母さんが、ほんの少し掠れた声で言って、口紅の取れかけた唇を笑わせた。
昔、お父さんが生きていた頃には、お母さんはお酒を飲む仕事をしていなかった。その頃のお母さんの声は、こんなふうにくたびれきったみたいに掠れていることは、なかったように思う。といっても、お父さんが死んでしまったのは私が7歳になった頃で、そこまで鮮明な記憶は残っていないのだけれど。
「早く朝ご飯食べなさい。遅刻するわよ。」
「はーい。」
私はお母さんの向かい、悠ちゃんの隣の席に座って、お皿に用意されているトーストとサラダ、スクランブルエッグを平らげる。
「じゃあ、行ってくるね。」
「行ってらっしゃい。」
お母さんと悠ちゃんが、そろって私に手を振る。悠ちゃんはまだ、のんびりとトーストをかじっていた。大学生って、案外暇なんだろうか、と、私は内心で首を傾げながら、玄関でローファーに足を突っ込み、家を飛び出していった。
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