三人暮らし

美里

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明日美

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 お母さんと軽い言い争いをして、部屋にこもって一時間くらい。階段を上がる足音が聞こえてくる。お母さんのそれより重たくて、スリッパを履いていないその足音は、耳に馴染んだ悠ちゃんのものだった。
 「明日美。」
 締め切った部屋のドアの前で、悠ちゃんが私を呼ぶ。
 「明日美、開けて。」
 小学生の頃から使っていて、でもそこでろくに勉強なんかしたこともない勉強机に座ったまま、私はぎゅっと身を縮こめた。
 悠ちゃんはいつも、用事があるときは、ノックの代わりに部屋の前で私の名前を呼ぶ。そうやって声をかけられるのが、私は好きだった。明日美、宿題しよう、とか、明日美、おやつあるぞ、とか、明日美、コンビに行くか、とか、いつも大した用事ではなくても、悠ちゃんと一緒になにかができるだけで私は嬉しかったから。
 そう、単純に嬉しかった。子犬が飼い主にじゃかじゃかまとわりつくみたいに、私は悠ちゃんにまとわりついていられればそれで幸せだった。世界が反転してしまうまでは。
 悠ちゃんがこうやって部屋までやってくることは、ちゃんと分かっていた。お母さんは、なんで私が急に転校なんて言いだしたのか分からないだろうし、分からないなら悠ちゃんに相談するだろう。でも、今回ばかりは悠ちゃんにも私の気持ちは分からないはずだ。そうしたら悠ちゃんは、私の部屋にやってくる。明日美、急にどうしたんだよ、なんて。
 来てほしかったのかもしれない。悠ちゃんに、来てほしかったのかもしれない。私は、悠ちゃんがここに来るのが怖かったけれど、それと同じくらい、それを期待していたのかもしれない。
 「明日美。」
 悠ちゃんが、また私を呼ぶ。私は泣きだしたいような気持ちになりながら、立ち上がってドアの前へ行く。ため息を一つついて、ドアを開けた。自分が悠ちゃんの優しさを、ここまできてもまだ期待しているのだと、自覚してしまったから。
 ドアの前に立った悠ちゃんと私は、顔を見合わせた。悠ちゃんは、疲れた顔をしていた。とても、疲れた顔。それは多分、私も同じだったのかもしれない。
 「好きなの。だから、行くの。」
 なんとか口にできた言葉は、それだけ。それ以上一言でもなにか口に出したら、泣いてしまいそうだった。ここで泣くのは卑怯だと、それはちゃんと分かっていた。
 
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