三人暮らし

美里

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 家へ帰ると、咲子さんだけがリビングのソファに座っていた。テレビはついていないし、手元に本も珈琲もない。咲子さんはただ、ソファに座っていた。
 「……咲子さん?」
 なにか空恐ろしいような気がして、俺はゆっくりと、なるべく彼女を刺激しないように、その背中に声をかけた。
 振り向いた咲子さんの顔には、なんの表情もない。脂肪の薄い白い皮膚が、ただぴったりと頭蓋骨に張り付いているような、しんとした無表情。
 「咲子さん!?」
 なにかがあったのだ。
 俺は、一気に手足から血の気が引いていくような感覚を味わい、いっそこの場から逃げ出したくなる。いつもそうだ。俺は怖がりで、決定的ななにかを目にする前に逃げ出してしまいたくなる。それは、生みの母の背中だったり、耕三さんの死だったり、咲子さんへの欲だったりした。
 咲子さんは、茫洋としたような、まるでいつもの彼女らしくない目で俺を見て、やがて投げ出すように口を開いた。
 「明日美、出ていくって。」
 「え?」
 なにを言われているのかが分からなかった。俺は戸惑って、咲子さんを見つめた。明日美が出ていく? だって、彼女はまだ17で、高校生だ。
 「転校するって、資料持ってきたわ。全寮制の学校。ここから通えなくもない距離なのに。……転校できないなら、高校辞めるって。ここを出ていきたいのよ、あのこ。」
 「ちょっと待って、なんで? そんなの俺、聞いてない。」 
 「私だって聞いてないわよ。悠一にも分からないなら、お手上げね。」
 「そんなこと……、」
 明日美がここを出ていきたいと思っている? そんな素振りを感じたことはこれまで一度だってなかった。俺が鈍いから? それはそうかもしれない。でも、もしもそんな決断を下そうとしているならば、相談くらいはしてくれると思っていた。それくらいの仲ではあると。
 「明日美に理由は聞いたの?」
 「理由なんてないって言うのよ。」
 「ない?」
 「そう。」
 「……俺が訊いてみるよ。」
 「いいのよ。」
 「でも、」
 「怖いでしょ?」
 「え?」
 「悠一は、拒絶が怖いでしょ。」
 返す言葉が出なかった。それは、全くもって咲子さんの言う通りだったから。でも、今はそんなことを恐れてもいられない。
 「明日美は、俺の妹だから。」
 部屋にいる? と訊くと、咲子さんはこくりと頷いた。寄せられた眉と、伏せられた両目は痛々しかった。
 明日美は俺の妹。
 それと同じくらい確かなこととして、俺は咲子さんに、そんな顔をしてほしくはない。
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