美里

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 残れる限界まで残業をして帰宅し、登録できないくせに削除もできないマッチングアプリの画面を眺めながらベッドに転がって、どうしても耐えられないほど寂しくなった夜は、ごそごそ起き上がって慎一郎さんの店の近くまで行った。夜中でもオレンジ色の光が灯った喫茶店。商店街を抜け、店が見えるところまで行って、しばらく眺めた。それ以上近づこうとは思わなかった。近づいてはいけないと分かっていた。店が見えるだけで、中で働いている慎一郎さんを想像するだけで、寂しさは少し落ち着いた。これだけで十分だ、と、自分で自分に言い聞かせた。
 そんな春の、ぼやぼや朧月が出る夜中だった。突然、背後から声をかけられた。
 「なにやってんの?」
 そんなところに突っ立って。
 振り向くと、立っているのは見るからにしなやかな身体つきをした、男がひとり。翔真だった。
 俺は咄嗟に、その場から逃げ出そうとした。翔真と向き合う度胸なんて、あるはずがない。それも今、心が弱っているときに。
 ここに来るにあたって、もしも翔真に会ってしまったら、と、想定したことはあった。慎一郎さんの店と、翔真と暮らしていた家は近かったから。その想定の中でも、俺はいつでも全速力で逃げ出していた。情けなくも。そして、想定の通りに、翔真は素早く俺の手首を捕まえた。
 「答えなよ。」
 翔真のやや高めの声と、自分の魅力を知り尽くしたいっそ傲慢な物言い。聞きなれたそれに、身体が動かなくなる。いつもそうだった。大学時代に知り合ってから、ずっと。
 「……。」
 俺は、せめてもの抵抗で俯いて黙り込んでいると、翔真は鼻で笑った。
 「見に来てたんでしょ、店。あんたがやりそうなこと。未練がましくて、うじうじしてて。」
 未練がましい。
 その単語を聞いたとき、慎一郎さんの言葉を思い出した。慎一郎さんは、翔真が俺をさがしに来たと言い、その理由を。未練かな、と推測していた。まさか、そんなことはない。そう思ったのは、あの時も今も同じだけれど、窮鼠猫を噛む、みたいな気持ちで俺は顔を上げた。 
 「翔真もでしょ。店、行ったんだって?」
 翔真に言い返すのは、記憶にある限り、これがはじめてだった。だからだろう、翔真は一瞬驚いたように表情を強張らせた。そしてその後、また俺を軽く鼻で笑い飛ばした。
 「だったら、なに?」
 だったら、なに?
 俺は返す言葉が見つからず、ぽかんと翔真を見ていた。多分、とんでもない間抜け顔をしていたと思う。
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