美里

文字の大きさ
25 / 29

25

しおりを挟む
 うん、と、翔真はあっさり頷いた。
 「自分のやったこと、分かってる? 慎一郎さんみたいなタイプが自分を責めるのに、十分なことしていると思うけど。」
 「……。」
 亮輔くんはかわいいから。なんでも好きにさせてあげたいかな、と言ってくれたときの、慎一郎さんの眼差しを思い出した。あんなに真摯に凪いだ目をして、俺と向き合ってくれたひと。俺は、そのひとから逃げたのだ。それも、なにも言わずに、慎一郎さんが寝ている間に。
 「……俺が、悪いね。」
 「だから、そう言ってんじゃん。」
 「ごめん。」
 「俺に謝ってどうなんの?」
 「……ごめん。」
 翔真は呆れたみたいに息をついて、大きな猫目で俺を見上げた。
 「前にも言ったと思うけど、あんたにも可哀想なとこはあると思うよ。親のこととかね。どうせまた、お母さんの夢でも見て逃げ出したんでしょ。」
 俺は自分の夢さえ翔真に言いあてられたことに驚いて、息を飲んだ。翔真はそんな俺を片頬で笑った。
 「俺と付き合って五年くらい? ずっとあんた、変わらなかった。ずっと。諦めたよ。変わりたくもないんだろうと思って。ずっと、お母さんの夢見てはうなされて、男好きになることに罪悪感ばっかで。……だから、諦めたの。諦めた途端に、他の男に惚れられるとは思わなかったけど。」
 「……え?」
 翔真の言うことが、理解できなくて戸惑った。諦めた? 翔真が、なにを?
 そんな俺を見て、翔真は口元に手を当てて、くくく、と低く笑った。
 「鈍くて馬鹿だね。ほんとに、変わらない、ずっと。」
 その自覚はあって、だから今度の翔真の言葉はちゃんと理解できた。俺が反射みたいにまた、ごめん、と謝ると、翔真はしなやかに肩をすくめた。
 「なにを責められてるのかも分かってないくせに、謝らないほうがいいよ。」
 「……、」
 ごめん、と、また言いかけて言葉を飲み込んだ。翔真はそんな俺を見て、楽しそうなのに妙に寂しそうな、不思議な目をしてまた笑った。
 「諦めるのが早かった俺も多分悪いね。慎一郎さんは、多分まだ諦めてない。指輪外せなかった自分が悪いって言ってたよ。」
 指輪外せなかった?
 まさか、俺ごときのために、離婚を考えていたとでもいうのか。
 俺がぎょっとして思わず硬直していると、翔真は俺を見上げてため息交じりに言った。
 「慎一郎さんの奥さんは、とっくに亡くなってるよ。」
 「え?」
 「じゃあね。上手くやりなよ。」
 翔真は、丁度開いた電車のドアから、するりとホームに降りて行った。俺が一度も降りたことのない駅だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない

すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。 実の親子による禁断の関係です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...