逃げても浮気と責めないで

美里

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 私はその視線の持ち主を確かめて、確かに動揺した。まだ見るからに未成年である、ほん子どもが持つような視線ではないと思ったからだ。
 いやな、視線。色にしたら、枯れかけた花にわずかに残るしぶとい紫。胴体に絡みつき、なにか後ろ暗いことをせがんでいる。こんな、子どもが?
 私は、動揺した自分に嫌気がさした。こんな子どもを構っている暇は、私にはない。今夜の宿を見つけないことには、ネットカフェに泊まる金もないんだから、うっかりすると野宿だ。
 さあ、あのショートカットの女を口説いて、なんとか部屋に転がり込もう。
 チャイナブルーとろくな中身が入っていないリュックサックを放ったまま、私はカウンター席を立ち、ショートカットのおんなが座るテーブル席に近づこうとした。その一瞬、ショートカットの女がふと視線を上げ、私を盗み見た。いい傾向だった。私は別に美人でもなんでもないけれど、こういう、街に不慣れなおんなの意識を引くような容姿をしているらしい。ナンパに失敗したことはほぼなかった。
 そこそこ混んだ店内を、人と人との間をすり抜けるみたいに進んで行こうとしたとき、視線の端に、さっきのあの子どもが引っ掛かった。彼女の隣に、私と同世代くらいの、痛んだ長い髪の女が立っている。私はその女に見覚えがあった。この街にずいぶんと長く、誰彼かまわず寝ては性病を振りまくと噂になっているおんなだった。私とそう変わらないたちの悪さだ。
 あの子どもは、誘いをちゃんと断れるだろうか。
 なんとなく気になって、足をとめてひっそりと様子を窺っていると、子どもの方が進んでおんなの腕に自分の腕をからめた。ふたり分の痩せた腕。そして、子どもの色のない頬に浮かぶのは、安堵に似た痛切な色だった。私はその色に、見覚えがあった。
 そう、ずっと昔、その日はじめに声をかけてくるおんなと片っ端から寝ていた頃、私は、声をかけてくるおんなが全然いない晩、ようやく声をかけられるとこんな顔をした。あの頃、私がいつも寝る相手を待っていたビアンバーには大きな鏡が壁にかけられていて、私はそこに現る、そんな惨めな自分の顔を見たくなくて、いつも鏡から顔を逸らしたものだったけれど、それでも自分がどんな顔をしているかくらいは分かっていた。自分からは結局逃れられないのだ。
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